誇り高きカルロス

キャンプから帰ると当然といえば当然だけれども、カルロスと一緒に飼料袋を担ぐ日々。

とはいえサイロの中は見違えるように整然とし、清潔に整い始めている。その辺に

乱雑に放り投げられていた中身入りと空の飼料用のトウモロコシの袋のうち、空の袋は

すべて片付け、中身が入ったものは奥からきっちりと並べて積み上げていった。

最初ただ無造作に階段状にして高く積み上げていっていたのだが、カルロスが「これだ

と一番奥の一番下の物はいつまでたっても使われないままになってしまう」と言い出した。

確かにその通りだ。だから彼はきっちりとこれらの袋を積み上げなかったのか!一見

適当にその辺に放り投げてあるだけのように見えたのだけれど、彼なりに古いものから

順に補給に回していたという事なのだろう。そういわれて困ってしまった。確かに奥から

どんどんと高く積み上げてしまえばその一番奥の角地というのは永遠に使われることなく

安置されることになってしまう。何しろ手前から使っていって、補給される分を手前に

積んでいたのではいつまでたっても順番なんて回ってこない。だがどうすればいい?

どうやって積んだところで一番奥の一番下は一番最後まで残るじゃないか。カルロスに

「どうしたらいいと思う?」と問うてみた。最初彼は簡単に「一番奥の一番下から使う

ようにすればいい」と言ったんだけど、「じゃぁどうやってその一番奥のやつを取るんだ?」

と問うと黙ってしまった。正確には「引っこ抜けばいいじゃないか」というので「やってみな」

と言ってみたところ、彼は上に何袋も積んである飼料袋の一番下のやつをつかんで

思いっきり引っ張った・・・が、当然引き抜けるはずもない。「nao pode!!(むりだ)」と言った

きり黙り込んでしまった。僕もいろいろ考えてみたが、綺麗に並べて積んでいったらどう

やったって奥の物はとれない。イメージできないかもしれない人のために状況をかみ

砕いて説明すると、山のようにある同じサイズのダンボール箱を、4畳半の部屋にしまって

くれと指示された状況を想像してほしい。あなたならどうします?おそらく部屋の一番奥から

丁寧に積んでいくんじゃないですかね?でも「そのダンボールの中身はお菓子だから、

古い順に出荷していきたい」と言われたらどうです?「えー!一番最初に置いた奥にある

やつ、取れないじゃん!!」ってなるでしょ?そういう事ですよ。一度「立ててみようか?」

という事になり、麻袋を縦において並べてみたんだけど、そうすると中身が重力で下がって

中年オヤジのおなかのように下の方が膨らんで抜けなくなる。よしんば抜けたとしても

その場所にあらためて補充できない。悩んだ挙句「高く積み上げるのをやめて10袋ずつ

積み上げ、人が入れるだけの隙間を空けてまた隣に10袋、そしてまた10袋と積み上げ、

サイロに補充するときは一番奥から使っていく。碁盤の目のように人が通れる隙間を

空けて10袋の山がたくさん出来上がる。そして古い山から崩していき、新しく入ってきた

ものはその空いたスペースに積んでいくという寸法。きれいに整理されたサイロ横の倉庫

は、資料の残量がどれだけあり、それがいつ入ってきたものかが一目でわかる。

苦肉の策できっちり並べず碁盤の目状に隙間を空けたことによって常に通路の掃除が

出来埃が格段に減った。因みにこの「掃除」はカルロスが自発的に始めたことだ。

ある朝バスから降りてサイロに入るとカルロスが一生懸命掃き掃除をしている。

俺はただ「すごくきれいになったじゃん」と言っただけだったが、カルロスはうれしそう

でもあり誇らしげでもあった。ふと気が付いてみると、それまでボロボロのTシャツに短パン

、それに安物の草履でだらしない身なりをしていたカルロスだったが、使い込んで少し

薄汚れている感じではあるけれど毎日しっかりと洗濯してあることが分かる清潔な服装で

仕事をするようになっていた。それにたまに襟のついたポロシャツみたいなのを着ている

ときもある。今や俺とカルロスの職場はボロボロの事務机と椅子の上にも埃はなくそれらは

しかるべき場所にきちんと設置され、飼料袋は整然と並べられマジックで日付を記入し入荷

日と保存期間を管理し、床ですら常に掃き掃除をしているため「世界で一番きれいな

飼料倉庫」と言ってもよいくらい整理整頓が行き届いている。整理整頓と言えばある時

カルロスがボロボロになった「5S」のポスターを持ってきて「これはなんだ」と聞いてきた。

5Sとは言わずと知れた整理・整頓・清掃・清潔・躾のことであるが、驚いたのはその

ポスターが漢字で書かれていたことだ。その横に「SEIRI」「SEITON」などとローマ字が

書いてある。確かにこれでは彼らじゃなくても日本人じゃなければ分からないだろう。

とはいえ「Organizar(整理)」「Arrumado(整頓)」「Limpeza(清掃)」「Limpo(清潔)

Lucro()」と書いたんじゃ、5Sにならないという問題が・・・。このポスターはカルロスの

ファベ―ラ友達が「これはどうやら日本に関係あるらしいぞ」と言って持ってきたものらしい。

後で知ったことだがこのカルロスの友人が働くトラモンチーナという大手の会社の経営者

は日本人の経営哲学を学びその時にいたく感動したため5Sをポスターにしてあちこちに

張っているらしい。ただ誰も意味が理解できずに打ち捨てられていたのをカルロスの

友人が拾ってきたと。カルロスにそのことを教えてやると彼もいたく感心しポスターを

持ち帰ったが、数日して又持ってきて丁寧に事務机の横の壁に張った。一度持って

帰ったのは俺の説明を自慢げに友人に語るためだったらしいが、カルロスは最初

「整理と整頓の違い」や「整頓と清掃の違い」が分からなかった。「整理というのは無駄な

ものを捨てる事」、「整頓というのは無駄なものがない状態で、それをきれいに並べる事」、

「清掃というのはきれいに並べられたものに埃が付かないように掃除し、いつでも綺麗な

状態を保つこと」「清潔というのは、うーん、そこに食べ物を落としてしまっても問題なく

拾ってその食べ物を食べられるぐらい綺麗なこと」、するとここでカルロス、「だったら

その辺の地面は清潔なのか?」だって。その辺の地面に落ちたものを平気で食べちゃ

いけないんだよ!!で、しつけというのは「それらを反復して覚え実行できるようにする

こと」と教えた。少し違うが俺のポルトガル語もネイティブじゃないので何とか伝えたいことを

雰囲気で伝えたという感じだろうか。とはいえ前にも同じようなことを書いたが、5Sは彼に

とって性格的に合っているようだ。今では俺がその辺にゴミを捨てると文句を言いやがる。

depois de come!(飯を食い終わったらちゃんと片付けるよ)」とかいうと「セイソウ!

セイケツ!」と日本語でどやされる。因みに「彼らには」ではなく「彼には」としたのには

理由があり、俺はブラジル人全員が勤勉で清潔なのかと思っていたが必ずしもそうでは

ないようだ。ファベ―ラの連中はやはり怠惰な人も多いようだが、これは「怠惰だから

ファベ―ラに住むしかない」のではなく「ファベ―ラに住むしかないからあきらめている」

のではないかと思う。まぁ人それぞれだろうけど。とにかくカルロスは正直者だし勤勉だ。

常にきれいに保つことや飼料の到着日や使用日の管理についてその理由と必要性を

話したら、俺以上に神経質にそれを実行する。トラックが着いて荷を降ろさなければならない

ときなど、今まで通り暇な仲間を連れてきているが、だらだらと仕事をさせるのではなく

きちっきちっと置く場所などを指示してきれいに積ませている。ある時事務所に帰った

ときにたまたまジュマールがいたので「por favor,venha ver meu local de trabalho!(僕の

職場を見に来てよ!)E completamente diferente de antes!!(前と全然違うから!)」と

言ってみた。ジュマールは優しい目でこっちを見つつ「フォッフォッフォ」というような面白い

笑い声を出して歩いて行ってしまったので彼の背中に「por favor!(お願いね!!)」と声を

かけた。一応本当に来てほしいと思って声をかけたのだが、このころには(単なる俺の

お守り係じゃないという事も含めて)ジュマールがいかに偉い人かわかっていたので、

本当に来てくれるとは思ってなかったが、俺は心からカルロスが見違えるようにきれいに

したサイロを見てほしいと思っていた。