ジュマール様降臨!

カルロスと一生懸命片付けた甲斐が合ってサイロは完全に清潔で整頓された状態が

保たれている。こうなると仕事も順序だてて進むようになり効率化が図られるから時間が

余る。時間が余るからさらに綺麗に掃除したり改善したりと良い循環に入る。これは結構

本当のことと言うか心理を突いたことで、その後日本で就職した際に上司が「仕事は

追っかけるものであって決して仕事に追っかけられてはいけない」とことあるごとに

言っていたのだが、ブラジルのこの経験のおかげで上司が言っていることの本当の意味が

はっきりと理解できた。話を戻すが、さっき「時間が余るからきれいに掃除したり改善したり」

と書いたけど、それも限度がある。これまでカルロスはただだらだらと職場にいただけ

だったのが「仕事を追う」ようになっているため自分の仕事がいかに大したことがない

ものであったか理解し始めている。というのも「ほかにできることはないかな?」「もっといい

仕事はないかな?」というようになってきていた。そのころまだ日本では一般的では

なかったジョブホッピングだが、ブラジルでは当たり前。カルロスは基本的にサイロの

荷下ろし係として雇われているので、本来その立場の人はそれ以上のことはしようと

しないし、会社もそんな彼らに何も期待していない。カルロスのようにただ荷物を降ろすだけ

ではなくしっかりと資料を整理して保管し、ストックの状況も把握する術を知った場合彼に

できる事(彼がすべき事)は二つ。一つは会社に自分の成果をアピールして給料を上げて

もらうか、別の職場を探しそこで自分の付加価値が付いた能力を売り込むか。

ファベ―ラの人たちは会社の上司と何かを交渉するなどという事はあまり考えない

(そんなことをしても相手にされないことが殆どなので)。そこで転職を目論見たりする

わけだが転職したところでその会社がファベ―ラの住民に求めるのはただ単に労働力

として安く使える事であるため「管理が出来る」などと言っても相手にされないだろう。

どうしたもんかと思いつつあまりおせっかいを焼いても仕方がないと思い、苦肉の策で

とった行動が先に書いた「ジュマールに現場を見に来てもらうよう頼んでみる」という事

だったのだ。実際にジュマールが何の理由もなくこんなところに来るはずがないのは

分かっていた。だが面白半分見に来る可能性も無きにしもあらずかなと思っていた。

でもやっぱりジュマールは来なかった。そりゃそうだろう。ビルゲイツがたくさんある倉庫の

一つをいきなり視察するなんてあるわけない。それと同じだ。ジュマールにとっては見る

必要のないところだ。サイロなジュマールどころかロリスよりもっと下の部下が見に来れば

いいのだ。数日が経ってジュマールにそんなことを言ったのすら忘れていたある日、

サイロに会社のロゴがでかでかと入ったフスカ(ビートル)がやってきた。

てっきりジェルソンあたりが何かを言伝に来たのかと思っていたのだが、運転席のドアが

開いて出てきたのはジュマールだった。思わず俺は駆け寄っていって「Oi chefe! O que

voce faz!(
こんにちはボス。こんなところで何してんです?)」と言ってしまった。

すると「voce me chamado!(お前が呼んだんだろ!)」と言ってにこにこしながらサイロに

向かって歩いて行った。中に入るとすぐに「Hooooooo!」と感動の声を上げた後、「voce

limpou?
(君が片付けたのか?)」というので「nao e nao,.ele(いや違う。彼だよ)」と答えた。

ジュマールは少しいぶかしげなかををしたがそのまま中に入り、カルロスに「por que isso

foi dividido?
(なんでこうやって分けてあるんだ?)」と聞いた。おそらく俺が指示して

カルロスにやらせたんだろうと思ってあえてカルロスに聞いたのだろう。だかカルロスは

俺といろいろと相談してこの形にしたのだ。というよりもそもそも単純に積んでいくと奥の

ものが取れなくなるという問題はカルロスが言い出したのだ。カルロスはそういったことを

滞りなくジュマールに説明していく。ジュマールが労働者に指示を出すときの目ではなく、

会議をするときのような眼でカルロスと話していたのが印象的だった。ジュマールはその後

いろいろと細かい事をカルロスに聞きながらサイロを見て回った。途中ジュマールは何度も

muito limpo(とてもきれいだ)」と独り言のように言っていた。実際にジュマールがいたのは

10分かそこらだったろう。彼はなぜそのようにしたのかなどをカルロスにいろいろ質問

しつつ一通り細かいところまで確認してから特に何も言わずフスカに乗って帰っていった。

俺は結構緊張したのだけど、カルロスにしてみるとジュマールはあまりに位が上の人すぎて

実感がない様で特に緊張した様子は見られなかった。まぁ、俺もジュマールに緊張する

という事は俺もかなりここになじんできたといえるのかもしれない。だって最初はジュマール

のことなど単なる世話人の一人ぐらいにしか思っていなかったのに「ものすごく位の高い

上司」と認識できるようになったのだから。最下層労働者として働いている今となっては

なおさらか!とにかくジュマールに「来てくれ」とは言ったものの本当に来られてしまって

うろたえている自分が情けなくもありおかしくもあった。もしこれで何か怒られたりカルロス

にとって不利益になることが起こってしまったらどうしよう。そんな恐怖も少しあった。

でもまぁ今更そんなことを考えても仕方がない。今度ジュマールに会ったときに「なんで

来てくれたの?」とかわいく聞いてみることにして、細かい事は考えないことにした。

当のカルロスは何も考えていないようだったが、それからしばらくの間、「またジュマール

が来るかもしれないから、いつもより気合を入れて掃除しておこう」と言いつつお互いに

5Sに気を配りながら頑張った