スカニア18輪トレーラー用トラクター

俺のバイトするバーに一杯飲みに来たルシアノと与太話をしていると、ルシアノが

「明日お前が働いているサイロの前を通って別の町まで行くから、もし7時出発でいい

なら乗せてて行ってやるよ」と言ってきた。通勤は会社のバスや車で問題なくできるし

日本みたいに朝は満員電車に押し込まれて・・・ってな感じではないから特に送って

もらいたいとは思わないのだが、彼が乗っているスカニアのトレーラーには乗ってみたい。

朝ピックアップに来てくれるというのでお願いすることにした。この時はまだスカニアという

のがどういうメーカーなのかなど一切知らないし、そもそもトラックについての知識など

まるでない。ただ「コンボイ」という映画が好きでそこに登場するクリス・クリストファーソン

演じる「ラバーダック」に憧れていたから「トレーラーに乗ってみたいな」と漠然と思っていた。

ただ当時ブラジルで走っていたスカニアのトラックって、あまりいいイメージではないん

だよね。たいていボロボロで、エンジン音はなんだか締まりのない「ぼぼぼぼぼぼ

ぼおぉぉぉぉぉぉーーーー」とか「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ」という、まぁ文字にしたところで一切

伝わらないとは思うけどつまり「性能の悪い内燃機が必死に回っている」という感じ。

上り坂など「グゥオアァァァ」みたいな悲鳴に近い音を出しつつスキップで追い抜けそうな

スピードで必死に登っているのを見ると「大丈夫なんかいな?」と心配になる。

そのくせたまに「キッシュゥゥゥゥゥーーン」などとターボのブローオフバルブと思しき音が

しているからターボなんだと思うけど、とにかくどれもこれも耕運機に屋根がついている

程度のものとしか思えなかった。あ、耕運機もトラクターっていうよな・・・。まぁそれは

いいとして、とにかくそんなのでもトレーラーではあるので楽しみに待っていた。

が、いつまでたってもルシアノは来ない。当時は今みたいに携帯電話もなく固定電話

なんだけど、改築中のホテル暮らしの俺はその固定電話すらない。小走りでルシアノの

家まで行ってみるとなんとまだトラックは止まっている。トレーラー状態なのかと思って

いたのだけど、トラクターヘッドだけがかわいくおいてある。呼び鈴を押すも誰も出てこない。

ノックしてドアを開けようと思ったが鍵がかかっている。仕方がないから裏に回って窓を

たたきルシアノの名前を呼んでみる。実はこれ、ものすごくリスクがある行為なのだ。

もし泥棒や強盗と間違われたら問答無用で撃たれる可能性がある。だから「Oi Luciano!

E Nico!(
おいシアノ、俺だ、ニコだよ!)」と声をかけながら・・・。すると中から「entre! Esta

aberto!!
(開いてるから入って来いよ!)」という声が。さっき鍵がかかっていたからあけて

くれたのだろう。表に回ってドアを開けると目の前にパンツ一丁で手には牛乳の入った

コップを持ったルシアノが。「o que esta fazend!nao vai trabalhar?(何やってんだよ?

仕事行かないのかよ?)」と聞くと仕事がキャンセルになったから今日は休みだとのこと。

送ってくれると思って楽しみにしてたのにと抗議すると、「vou emprestar carro,entao vai

sozinho!
(車貸してやるから自分で行けよ)」だって。「eu nao tenho licenca de dirigir!

(
俺運転免許持ってないよ!)」するとルシアノ「pode dirigir?(運転できんだろ?)」「claro!

Sou melhor que voce!(
もちろん!お前よりうまいぜ)」「entao nao problema!(なら問題

ねぇよ)」・・・・・そんなもんかね?確かに警察はいないし居ても知り合いだし、まぁいいか

と鍵を受け取り車はどこかと聞いてみると「na frente de casa!(家の前にあるだろ!)」と。

当然別のガレージか何かにおいてあるだろう自家用車の場所を教えてくれると期待して

um carro e um caminhao?(車ってトラックじゃないよな?)」と聞いてみたが、

isso(それだよ)」だって。どうやら自分の車を置いてトラックで帰ってきたので車は

スカニアのトラクターヘッドしかないらしい。運転の仕方が分からないというと「mesmo que

carro comum(
普通の車と同じだよ)」という。だってトラックって12段変速とかじゃないの?

エンジンだって普通にキー回せばいいってもんじゃないんだろうに。とりあえずトラックに

向かって乗り込むと、確かに普通の車と大して変わらない。フロントグラスの真ん中には

スリットというかなんというか、フロントグラスの左右を分ける(つまり一枚ガラスじゃない)

ピラーがあり、バックミラーは明後日の方向を向いたままロザリオがかかっている。

フロントグラスにもべたべたと十字架やマリア様のステッカーが貼ってある。横幅はかなり

あり、高さはこれまた結構なものだ。だけどギアは6段変速のようだ。ディーゼルの車は

乗ったことがあるので一応グローランプが消えるのを待ってキーをひねってみようと思い

キーを一段回すもどこにもグローランプらしきものは点灯しない。仕方がないからしばらく

待ってキーをひねると「グワッ、グワッ、グワッ、グワッ、」とだるそうにつらそうにゆっくり

セルが回ったかと思うと「ドゥンゴロゴロゴロゴロ」と眠そうにエンジンがかかった。

左ハンドルなのだが左側にあるサイドブレーキを解除し、ゆっくりと走り出す。通りに出る

前に一時停止しようとブレーキを踏むが止まらない。焦って思い切り踏んだがするすると

進んでからゆっくり止まった。ギアをニュートラルに入れサイドブレーキを引いてから

その場にトラックを停め再びルシアノの家に戻り思いっきりドアをノックしつつ「freio nao

funciona!(
ブレーキが効かねぇよ!!)」と叫ぶ。再び眠そうなうえにちょっと不機嫌な

ルシアノが出てきてめんどくさそうにいろいろ説明してくれた。これはエアブレーキの車

らしく、インパネについているエアゲージの針が緑色のレンジに入ってから運転を始めろ

という。そんなことは最初に教えておくべきだろう。危うく大変なことになるところだった。

今度はちゃんとゲージの針が緑のところに来るまで待ってそろそろと走り始める。

そして少しだけ進めてもう一度一時停止しようとしたとき、今度はつんのめるようにして

激しくブレーキが効いてしまった。ブレーキはそんなに強く踏んでいない。なのに何かに

ぶつかったような衝撃を伴ってその場で「ガンッ」って感じで止まったのだ。多少うろたえて

いるとバックミラーに爆笑しているルシアノが見えた。「que!!(なんだよ?)」と窓を開けて

ルシアノに声をかける。どうやらエアブレーキの車は止まる時気を付けてブレーキを

踏まないと「ガツン」と効いてしまうらしい言葉で言っても無理だからとにかく乗って慣れろ

とのことだった。ゆっくり走り始めたが、コツさえつかめれば車の大きさは大した問題

じゃない。すぐに運転になれてきた。20キロとか30キロという超低速でだらだら走りつつ

コツをつかんでいたのだけれど、後ろから車が来ると右によけてやると勝手に抜いて

いってくれる。これが交通量の多い場所だったらそうはいかなかったかもしれないが、

とにかく運転になれてくると運転席が高い事による見切りの良さと単純な気持ちよさを

堪能しながらドライブを楽しんだ。あの「ぼぼぼぼぼぼぼおぉぉぉぉぉぉーーーー」だとか

「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ」という耳障りな排気音も、自分が運転していると思うとちょっといと

おしかったりする。日本では免許を持っていたので自分が無免許であることも忘れている。

いったい排気量はどのくらいあるんだろうか?なんでも14CC350馬力と聞い

たけど、とてもそんな馬力があるようには思えない。それにトルクもそんなにあるようには

感じなかったが、たまに目にする「スキップで追い抜けそうな」スピードよりは速く走れた。

スカニアのトラクターヘッドでサイロに行くとカルロスは真剣な顔で「o que aconteceu?

(それどうしたんだ?)」と聞いてきた。訳を話すと、そんなの運転してくるぐらいだったら

会社の車出来たほうがよっぽど楽なのにと首をかしげていた。カルロスがいつも真面目に

働いてくれているので仕事にはかなりゆとりが出来ていたので、「eu posso lavra

caminhao?
(俺、トラック洗っていていい?)」と聞くと「sim,pod epode (いいよ)」という

のでお言葉に甘えてその日はルシアノのトラックの洗車をした。仕事が終わってルシアノ

の家に向かっている途中、町でいろいろな人に手を振られ、声をかけられた。

「何やってんだよニコ!」「運転手になったのか!」ってのが彼らからかかった言葉だ。

俺はいちいち「sin! Por favor me diga se voce carrega algo!(そうだよ!何か運ぶなら

俺に言ってくれ!)」とどなり返した。ルシアノの家に着くとエンジンの音を聞きつけた

ルシアノが外に出てきた。ピカピカに洗車されているトラックを見て「opa! Que linda!

(おい、めっちゃきれいじゃんよ!)」というので俺は何も言わず「obrigado!」と言って

カギを返した。ルシアノが「voce colocar a gasoline(ガソリン入れてくれた?)」というので、

nao!mas vou colocar para voce,a noite vem minha bar(いや、でもお前に入れてやるよ。

夜バーに来てよ!)」というと「(es)ta bom,ate a noite(オッケー、じゃ、夜にね)」と言って

家に入っていった。