ルシアノにトラックを返してバーに行き、一通りの用意を済ませても誰も

客が来なかったので自分の晩飯用に肉を焼いていると、「oi!Nico!!」と

言ってルシアノではなくペドロが入ってきた。彼は以前このバーでエド

ワルドかだれかに紹介された警察官なのだけど、その後職場も違うしあまり

会う事も無かったので直接の接点がなく、店であってもあいさつをする

程度で深く話したことはなかった。そんな彼がひとりで俺を訪ねてきた

わけだから、直観的に嫌な予感がした。正直に彼の第一印象を言うならば

「真面目なふりをした汚職警官」だ。初めて紹介された時彼が警察官だと

いうので「へぇ、じゃぁピストル持っているの?」と半分冗談で聞いてみ

たら当然だといってズボンに突っ込んだリボルバーを見せてくれた。

ホルスターにも入れず無造作にズボンに突っ込んでいるところや、半分

酔っぱらいつつ銃を見せるその態度が同も信用できなかったのだ。

そんな彼が開口一番「voce dirigindo caminhao hoje!(お前今日トラック

運転していただろう?)」と言ってきたのだ。俺はにわかに緊張した。

どうこたえるか迷った挙句simでもnaoでもない「por que?(なんで)」と

いう言葉を選んだ。彼は俺の目をしっかりと見ながら「se voce nao tem

licenca,
(もしお前が免許を持っていないのなら)responda “nao”

(
こういう時は運転してないと答えろ)」と言ってきた。彼の意図を図り

切れずにいると彼が真剣に説明してくれた。内容は、もし誰かがよそ者が

ルシアノのトラックを運転しているから調べろと通報してきた場合、ペドロ

はその通報に従ってトラックを探し、運転している人間に職務質問をしな

くてはならない。その時俺が無免許だったらいくらNicoでも拘束しなくちゃ

いけなくなる」というのだ。彼が「nao pensa que voce gosta de todos

(この町の全員がお前を好きだと思うなよ)」と言ったのを鑑みると、

おそらく俺のことを疎ましく思っている誰かが本当に通報したのだろう。

1回なら「見つけられなかった」で済むかもしれないが、もう一度そんな

ことがあったらそれでは済まない。だから彼は警告しに来てくれたのだ。

彼はそう話すと残ったビールをコップについで一気に飲み干し、財布から

金を出そうとしていたので「hoji eu pagar.obrigado(今日は俺がおごるよ)

というと「nao nao(いいよいいよ)」と言ってきっちり自分が飲んだ分を

払い帰っていった。彼は俺の第一印象と違ってすごくまじめな警察官なの

かもしれない。いきなり捕まえて自分の手柄にしてもいいのにわざわざ

こちらに義理を通してくれたのだ。彼に迷惑をかけるわけにはいかな

い。実はこれからルシアノが休みの時にトラックを借りようともくろんで

いたのだけどなかなか難しそうだ。ちょっとがっかりしつつ仕方がないと

あきらめていたのだが、なんと翌日もペドロがふらりと一人でやってきた。

挨拶すると「voce quer dirigir um carro no Brasil?(お前ブラジルに

いる間にまた車運転したい?)」と聞いてきた。「nao sei(わかんないよ)

と答えると「voce pode dirigir carro,certo?(お前車は運転できるよな?)

US180 para carros de passeio,(
乗用車だけなら米ドルで180ドル) US240

para bicicletas e caminhoes
(バイクとトラックも乗れるようにする

なら240ドル)」と言い出した。

o que isso?(何それ?)」と聞くと「eu vou fazer uma licenca para

voce(
免許証作ってやるよ)」という。普通に考えると日本で免許を取る

よりも、あるいはブラジルで教習所に行くよりもはるかに安い金額ではある

ものの、当時の俺にしてみるとその金額はかなりなものだ。

月数万円で生活している俺にしてみれば大金も大金。そもそも「作って

やる」ってどういうことだ?偽造免許を作ってくれるという事だろうか?

彼は「nao conte ninguem(誰にも言うなよ)」というけれど自分ではどう

にも判断できない。どうしたものか悩んだ挙句、エドワルドのこともペドロ

のことも知っている信用のおける友人マルコにこっそり話してみた。

彼は「ペドロはいいやつだよ」としたうえでその金額が安すぎるというのだ。

普通だったら裏で免許を買うと500ドルはするらしい。偽造免許だから安い

のではないかと思ったが、そもそも本物が買えるのにリスクを冒して偽造

免許を買うやつはいないという。

俺は判断に迷った。だけどふと「これが正式な免許証だったら、日本に

帰って書き換えが出来るかな?」とというよこしまな考えが頭をよぎった。

もしそれがうまくいけば大型バイクもトラックもトレーラーも乗れるように

なるのだ。日本でそれらの教習所に行くとなるといったいいくらになるのか?

いずれにしても間違いなくお得であろう240ドルでオールマイティーな

免許証の作成を依頼した。結論から言うとペドロが持ってきたそれは正真

正銘、本当の免許証だった。1週間ほどして再び彼はバーに来ると俺の前に

立ち、恩着せがましいこと一つ言わずにただ「はいよ」と免許証を渡して

その日はビール一杯飲まず帰っていった。彼に「なんでそんなに安いんだ?」

と聞きたかったが、他の人に相場を聞いたという事がばれるとなんとなく

ペドロとの約束を破ったことを見透かされそうな気がしてそれも聞け

なかった。後で知ったことだけどペドロは本来賄賂としてもらう自分の

取り分を一切取らずに本当に経費のみでやってくれたらしい。

まだそのことは知らなかったのだが、とにかくペドロの一切恩着せ

がましくない態度に好感をもったのと、何とか恩返しがしたいと思った

ので彼がバーに来るたびに「おごるよ」と申し出たけれど、彼はなかなか

その申し出を受けなかった。その後も彼とはあまり接点はなかったものの、

俺は彼を本当に信用できる友人の一人としてみるようになっていた。

その後別の町に

住む友人を訪ねてから自分の町に戻った後ペドロが店に来た時に「ほかの

町のやつが相場は500ドル以上だといっていた。君は相当安くやってくれた

んだと思うのでその借りを返させてくれ」と説得し、ペドロが来たときは

ペドロの分だけビール一杯無料にするという事で折り合いをつけたけど、

それまで一杯飲んで帰ることが多かったペドロだけど、必ず2杯以上飲む

ようになった。多分たかっているみたいでいやなんだろう。本当に誇り高い

奴だと思う。さて、俺様はブラジル国内において地上を走るものはすべて

運転できるようになったわけだ。その後この免許証はいろいろと役に立つ

のだが、それは後々語ることとして、いまひとつだけ先に書いておく。

日本に帰ったときにこの免許を書き換えできるかなとよこしまな考えを

持っていた俺であるが、結局それはやらなかった。

俺と同じような考えをもって免許を買った友人の一人が日本に帰って書き

換えを実施しようとして、あまりに許可項目が多い免許証を不審に思った

日本の公安委員会がいろいろな書類の提出を求め結構な大ごとになったのだ。

結局友人は書き換えを取り下げたのだが、それを見た俺は帰国後この

免許証をそっと宝箱にしまい、何にも使わずそのまま安置することに決め

たのだ。こんなくだらない事で犯罪者になったらダサすぎるからね。




究極の免許証