ミカン泥棒も命がけ!

ブラジルについて1か月以上が経ったある日、ルシアノから「週末キャンプに行かないか」

とお誘いを受けた。なんでも俺の町から150キロほどの行ったところに人口3000人

ほどの小さな町があって、そこのキャンプ場が結構いいわりにタダだからそこに行こうと

いうのだ。了解すると「明日朝5時に迎えに来るからな」と言う。何をもっていけばいいか

聞いてみると「毛布と食器」とのことだった。「毛布って?」と聞くとホテルで日常使って

いる毛布を持ってこい」とのことらしい。一応ナイフはいつでも持っているからいいとして、

他にキャンプに持っていけそうなものは一応日本から持ってきたシェラカップだけ。

まぁなるようになるだろう。翌朝今まで使っていたほやほやの毛布を紐で縛り、Gパンに

エンジニアブーツ、ネルシャツに一応ライダースも持って、ポケットには愛用のナイフが

あることを確認。5月も終わりに近づくと夜は結構冷えるのだ。とてもブラジルをイメージ

できる服装じゃないけれどしょうがない。4時ではまだレストランも開いてないから

コーヒーを飲みながら待つってわけにはいかないからとりあえず部屋でぼーっとして

いると、外で「プップッ」とクラクションの音がする。まさかと思って腕時計を見ると4時50分。

ブラジル人は時間にルーズだと思っている人もいるかもしれないが、こいつらものすごく

時間にシビアだ。まるでスタンドバイミーのように丸めた毛布を抱え外に出てみると

ルシアノのコルセロ2、ピメンタのギャラクシー、マグロゥンのフォードF100が停まって

いた。ピメンタのギャラクシーが一番乗り心地が良さそうなのでそちらに近寄ると「お前は

マグロゥンのトラックに乗れ」と言われたのでしぶしぶ黄色いF100に近づく。運転席の

マグロゥンに「bon dia(おはよう)」というと挨拶してから助手席に乗り込もうとすると

マグロゥンも「bon dia」と笑顔で返してくれるがどういう訳か助手席に移動してくる。

sai!(どいてと言いたかったが“どけ!”みたいな感じ)」というと「voce dirigir!(お前が

運転!)」という。普通だったら嫌がるかもしれないが俺は車が大好きだしこんなポンコツ

のF100なんて運転する機械はまずないと思ったので、荷物が満載された荷台の隙に

毛布を投げ込んでから喜んで運転席に。てっきりオートマだと思っていたけれどなんと

3速マニュアル。それはいいんだけどクラッチの重いこと重いこと。クラッチを踏むと

クラッチが押し下がるんじゃなくて体が浮き上がるほど。ミューの低い石畳にほとんど

グリップしない安物タイヤ。エンジンは5700ccだからちょっとアクセルをあおって適当に

クラッチを離すと見事にホイールスピンしながら走り出す。こんな重たいクラッチで

ハンクラなんて使ってられないから、路面とタイヤがクラッチ代わりだ!マグロゥンは

「タイヤが減っちゃうからやめろよ!」というようなことを言っていたのだと思うけどよく

わからなかったから「sin sin」と言って走り出す。セカンドにシフトアップしようとクラッチを

踏むが相変わらず重いこと。サーボがないんだね。こんなことならサードで走り始めれば

よかったよ。

途中でロイロとゴルドーをピックアップしてエストラーダに出る。100キロほど舗装路を

走ってから横道にそれ未舗装路へ。日本で言う「林道」みたいな路面でところどころ

砂利があったり大きな石があったりへこんでいたりとコンディションはよくない。

時速30キロから40キロで進んでいく。途中かなり大きなみかん農園があった。

100mほど向こうに農場主の家らしきものが見える。先頭を走っているルシアノが車を

停めたので俺も続いて停まる。後ろのピメンタも車を停めた。ルシアノが「みかんを取って

いこう」というとみんなでみかんをもぎ始めた。だが俺はここに停まった瞬間から

なんとも言えない嫌な予感がした。そもそもここは通ってよい道なんだろうか?普通に

農園を横切る道で、公道と言えば公道なのかもしれないけれど見方によっては農園の

私道に見えなくもない。というより今はまるっきり「農場の中に入ってみかん泥棒」にしか

見えない。「おい、これは泥棒じゃないのか?」誰へともなく俺が聞くとピメンタが

「大丈夫だよ」という。一人がそれぞれ2個ほどみかんをもいだその時、大げさな音を

立てて農場主の物らしき家の扉が開いた。Tシャツの大柄な男が出てきたかと思うと

いきなり何か大声で叫んでいる。俺は何を言っているのはまるっきりわからなかったが、

彼が手に持っているライフルらしきものははっきりと見えた。相変わらず男は何かを

叫んでいるが、今度はその銃をこちらに向けている。「これはまずい」そう思いみんなに

逃げようという間もなくいきなり「ドン」とも「パン」ともつかない発砲音が聞こえた。

日本のテレビの刑事ものなどでよくある「ドキューン」などとはまるで違う、もっと乾いて

短い音。同時に「パラパラパラ」とみかんの木の葉っぱに何かが当たる音が聞こえる。

「本当に発砲している」そう思った瞬間無意識に伏せていた。いや、正確に言うと腰が

抜けたのだ。ルシアノとゴルドーが「sal! Sal! Ven!(塩だ!塩だ!来い!)」と叫びつつ

車に向かって走る。何が塩なのか?来いといわれても腰が抜けて動けない。

みんな車の陰から俺の方を見て何か叫んでいる。「こんなところでこんな死に方

したくない」そんなことを考えつつ恐怖で体が動かない。するとゴルドーが車の陰から

飛び出てきて俺を車の方に引きずってくれた。我に返ったように体が動くようになると、

俺はゴルドーよりも早く車の方に向かって走った。ルシアノが銃を売ってきたやつに

向かって何かを叫ぶと、向こうも何か叫び返してくる。ふと皆を見ると涙を流さんばかりに

爆笑している。

この時の状況を冷静になってから書くとこういうことだ。

・みかん農場があったのでみかんを拝借しようと車を停めた。

・みかんを拝借していると農場の管理人が盗賊と間違えて発砲してきた。

・最初に撃ってきたのは鉛玉じゃなくて岩塩を詰めた威嚇用なので、当たっても痛いだけで

死ぬことはない。

・とはいえ当たると痛いので車の後ろに避難して「自分たちは盗賊じゃない」という事を農

場管理人に伝えようとする。

・それらを俺に伝え車の後ろに避難させようとしたが、俺は恐怖にひきつった顔をして腰を

抜かしてはいつくばっている。

・その姿が面白くて爆笑。その状況含めて農場管理人に伝えると農場管理人は理解し

 引き下がってくれた。

・とった分のみかんの金を払うと伝えると、それだけはただであげるといってくれた。

という流れなのだが、その時は本当に死ぬかと思った。よく「死ぬかと思った」という

表現をあちこちで見るが、この場合「殺されるかと思った」が正確だと思う。

自分の中ではもしこのようなことがあったら冷静に状況を把握することに努め、極力弾が

当たりにくいところを探してそちらに移動しようなどと考えてはいたのだが、実際自分に

向けて発砲してこられている状況においてそんな考えなど一切吹き飛び、あるのはただ

ただ「恐怖」のみだ。昔知り合いに無理やりサバイバルゲームに誘われた時、その

メンバーたちがさも戦場を知り尽くしているかの如くいろんなことをのたまっていたが、

奴らをこの状況に引っ張り出してやりたいと心底思った。本で読んだり映画で見たりした

知識などくその役にも立たない。本当に自分が銃で狙われているときというのは「怖い」

し「動けない」という事を、偉そうに洗浄を語っていたやつらに体験させてやりたい。

こちらの農場というのは基本的に通りすがりの人が自分ののどをいやすために一つ二つ

みかんを貰っても大して気にも留めないらしい。ただ農場というのは町から離れたところに

あるのが常で、そういうところは盗賊に狙われやすいから武装していない処などないのだ。

であるなら最初から「ちょっとみかんを拝借しますよ」みたいなことを言ってからもらえば

いいじゃないか。因みにだが、至近距離から岩塩ショットガンで撃たれると岩塩が体に

めり込むことがあるが医者に行っても大した傷ではないので何もしてくれないらしい。

大体こちらで豚の去勢をするときなど、キンタマを切り取ってからその傷口に消毒の

ために塩を塗るのだ。同じ要領で「消毒されているから問題ない」という事になるらしい

が、傷が1か所ではないために相当痛いらしい。ゴルドーはケツを撃たれて一晩泣いて

過ごしたことがあるといっていた。俺はそんなのまっぴらごめんだ。髪の毛が白くなる

ほどの恐怖を体験した俺に代わってキャンプ場まではマグロゥンが運転。途中で

マンジョッカ(芋)の畑がありそこで再び車を停めようとするので「頼むからやめてくれ」と

懇願し一路キャンプ場へ。だってもうあんな思いはしたくない。とりあえずはまぁ、経験者

と言うことでもう腰を抜かすことはないと思うが、そうはいっても次に飛んでくるのが岩塩

ではなくて鉛玉じゃないという保証もないし。いずれにしろこちらではこういった誤解から

本当に命を落としてしまう可能性があると言うことを十分肝に銘じなければならないと

思った。