言いたくなけりゃいわんでいい。

栃木県下野市議の石川信夫さんという市議の方がLGBTなどの性的少数者に

関して「出来たら静かにかくして生きていただきたい。その方が美しいし、社会的

に混乱が起きないと思う」と発言し話題になっています。と言うか結構批判を受けて

いるようですね。僕はこの石川という人に大賛成です。この人幸福実現党の党員

と言うことで、つまりは幸福の科学の人なんでしょうね。

僕宗教って本当に大嫌いだし、信仰を持つのは自由だけど勧誘されたり、時に不毛

な説得をされると「暴力を使っても拒否」したくなるんですよね。正直言って公明党

が「与党」でいることにも違和感を感じるどころか「公明党押し」と聞くと「なんだよ、

こいつも学会員か」とおもって距離を置きたくなるくらい・・・なんですが、幸福実現党

だけはその理念に激しく賛同してしまうもの多数。宗教は嫌いだし幸福実現党も嫌い

と言っていいと思うんだけど公明党が与党でいるくらいなら幸福実現党が与党に

なった方がいいと思っちゃったりもするんですよ。で、この石川氏の言い分もまさに

「その通りですよ!!」と拍手しつつ握手を求めたい(けど宗教がらみの人とは握手

なんてしないけどね)。

この人の発言を「まさにそうだよな」と思いつつ聞いていてあることを思い出しました。

何かというと「ご飯を食べる前にいただきますという必要など無い」と言っていた

お馬鹿さん達。一時期話題になったんだけどあの馬鹿な人たちは一体どこに行って

しまったんだろう?こういうお馬鹿さんをしっかり認識するためにもそう言うのは

チャンと言い続けてくれなくちゃ困るよな。

さて、なぜホモやレズがらみの話から「いただきますと言いたくない人」の事に考えが

及んだのか。それは「言う必要のないことを言うバカ」であり得てして「人が嫌がる事

を強制し」、そして物事を客観的に見ることが出来ない「視野の狭い人」であるという

共通点があるなと気がついたからなんです。

ご飯を食べる前に「いただきます」と言いたくないのであれば言わなければいいだけ

なんじゃないでしょうか?いただきますと言っている人にくってかかる必要はない

と思うんです。でもこういう人は「私はいただきますと言いたくない」というのを声高に

宣言します。・・・・・ハッキリ言って「バカだな」と思います。「馬鹿なんじゃないの?」

ではなく明確に「馬鹿なヤツだな」と思うんです。

昔学校の給食をいただくとき、自分の子供にはいただきますと言わせたくないという

馬鹿な親がいました。それがどこのどんな人だったか調べようと思ったら、他にも

ヤフー知恵袋と言うところに同じようなことを声高に叫んでいる馬鹿な人がいました。

この人の言い分としては「いただきますという必要はない。食べ物への感謝なら心

の中ですればいいだけ。わざわざ言葉に出す必要ない。ましてや子供がいただき

ますと言わないのを怒る親は理不尽でありごちそうさまも同様。但し他人に作って

貰った料理を食べる場合はその相手に対していただきますやごちそうさまを言うのは

適切」って事らしいです。

本当にバカだなぁと思います。それならそれでいいんですが、なんでそれを「わざわざ

発表するの?」と思います。

この愚かな人に対して丁寧且つ真面目に返答を書いてあげている人がいますが、

この人は非常にひねくれて且つ皮肉で返答を返しています。

例えばもしこの人が本当にそう思っていても何も言わず、ただ「いただきます」とか

「ごちそうさま」と言わないだけだったら、人はただ「そういう人なんだ」と思って

スルーすると思います。ですがこの人がこのような愚かで自分中心の論理をまくし

立てた場合、「距離を置きたい」と思う人がいて当然だと思います。

こういう愚かな主張を声高に叫ぶ人というのは知能程度の低い人だと断言します。

やっかいなのはこういう愚かな人ほど周りが見えないだけではなく自分の愚かさに

気がつかないものなのです。それどころか「自分は正しい」と思いこんでしまい

恥ずかしい主張を叫びまくっているのがあたかも正しかったり正義だったりであると

勘違いしてしまいがちですから尚たちが悪い訳ですね。

同様な人種に、聞かれてもないのにホモやレズの権利に対して騒ぐ人たちというの

がいます。これもいただきますと言いたくない人同様「黙ってりゃいいじゃん」と思う

のです。

僕はホモやレズの人に聞きたいんですが、なんで「好きにしてくれよ」と言われて

いるのにいちいち大声を上げて「俺がホモって事を認めてくれ!!」と騒ぐんです?

あなたがホモでもなんでもいいって言ってるんですよ。好きにしてくれと。

なんでそれじゃ足りないんでしょうか?何もしていないのに同性といちゃいちゃして

いると言うだけでいきなり竹刀で叩かれたとか、或いは「ここから出ていけ」と言われ

たとか言うならそのことについて申し立てればいいだけなんじゃ無いですか?

或いは竹刀で叩くというのはダメですが「ここから出ていってください」と言われた

状況というのもあると思います。異性と付き合うのが普通だと思っている人の前で

同性でいちゃいちゃされるというのを不愉快に思う人もいるかも知れません。

ホモやレズというのはいくらその権利が認められようとマイノリティーであることに

変わりはありません。それらマイノリティーの方々の主張を優先すると言うことは

その少数の人たちの為に過半数の人が不要な我慢を強いられると言うことになり

ます。これはどう考えてもおかしい。今世の中はノイジーマイノリティー達に好きな

様に騒がせていますが、そろそろ軌道修正する必要がある時期に来ているのでは

無いかと思います。

結局の所「人に迷惑をかけず」、「法律を守っていれば」何をしようとその人の

かってです。が、その勝手を通すときどういうやり方をするかというのが大事な所

なのではないかと思います。で、そう言うのでいちいち騒ぐ人というのはレベルが

低いなと思うわけです。

僕ね、ホモやレズは好きではありませんが「そういう人がいてもいい」と思います。

あからさまに目の前でいちゃいちゃされたら不愉快ですが、ひっそりと男同士、女

同士で寄り添って愛をはぐくんでいるだけなのにそれを見つけて攻撃するような

輩がいた場合、僕はその同性愛のカップルに味方し、助けると思います。

ただね、その人達が「何が悪いんだ!」と開き直って騒ぎ出したらその限りでは

ありません。要するにその人の行動がその人の立場を決めるのだと思います。

同性愛が嫌いな人がいてもいい。ただだからといって同性愛を攻撃してはいけない

とおもいます。でもそういう人が集まっているところにあえて同性愛の人が乗り込んで

来て「お前等はなんで同性愛を認めないんだ!」と騒いだとするなら、それは自分の

主張をしているのではなくて「喧嘩を売ってる」だけです。

同性愛の人たちは例えば同性愛の集まりにそれを嫌う人が来て騒ぎ立てるとここぞ

とばかりに大騒ぎするくせに、その逆を平気でやっていると言うことにもう少し目を

向けて貰いたいものです。

いずれにしろね、趣味の近い人と仲良くし趣味や常識のかけ離れた人とは近づか

ない。そして相手に気を遣っているのに何かを強要されたら全力で戦い相手を

つぶす。逆に相手がこちらに気を遣っているときはこちらも相手に最大限の敬意を

払い接する。これが人間という者じゃないかと思いますけどね。いや、人間云々

と言うと生意気なので「僕はそう言う人たちとだけ付き合います」し、そうじゃない人

が向かってきた場合には全力で戦います。