堪らなく楽しい数学(4)

 

前回は、分数を拡張して、自然に100割るゼロを考えると、何でもゼロで割れば、ゼロで、面白いのは、どの様に考えを一般化してもある自然な仮定で、それに限ると言うことが証明されたことである。導入、動機、一意性、すなわち、それ以外の考えが無いこと、それらが、高校レベルの数学で、簡単に証明されたと言う事実である。出版された論文は、高校生にも十分理解できる内容である。具体的な結果は、
 関数 y = 1/x のグラフは、原点で ゼロである
と宣言している。すなわち、 1/0=0 である。


 関数 y = 1/xのグラフを想像して、そんな馬鹿な、信じられない、そのようなことは考えるべきではないとは、結構な数学者の真面目な意見であった。現在でも真面目な意見であると言える。

 

ゼロ除算b/0=0の驚きの観点は、そのような結果しか、あり得ないこと、千年を越える問題、懸念であったこと、結果の驚きと簡明さである。驚きは 直角双曲線y = 1/xは正からゼロに近づけば限りなく大きくなり、 負からゼロに近づくと限りなく負の無限大に近づくが、原点でゼロであるという、強力な不連続性にある。前回の1ページくらいの解説ですべて証明される結果に 千年以上の歳月がかかったのは、不可能であるという、揺るがぬ結果に対する思い込みに みんなで囚われていたという、事ではないだろうか:

 

ゼロの起源と発見、 寺下寛子、富山数学教育学研究No.4(2004), 81-90

にゼロはインドで発見され、ゼロ除算について、面白いことが書かれている: 85ぺージ 右、 中ほど; ゼロによる割り算はインドの数学者たちを悩ませた。 ブラーフマグプタ(紀元628年にゼロが出現)以降:

シュリーダラ(750年頃)     a/0=0

マハーヴィーラ(850年頃)    a/0=a

アールヤバタ(950年頃)     a/0=0

シュリーパタ(1040年頃)数学で a/0=0

 

天才数学者たちを回想すると、驚嘆すべき 世界史上の事件ではないだろうか。

発想、証明、結果の簡明さ、それらは、数学は ゼロ除算b/0=0を確定せしめている と考える。しかしながら、我々の感性は、容易には受け入れられず、違和感が当分するのではないだろうか。我々の研究グループでも一様に それは何だと驚嘆、びっくりしていたものである。

 

現在、複素解析学への影響を検討しているが、そこでは、無限遠点に対して、ゼロ点を対応すべきであるとか、 解析関数は孤立特異点で確定値をとる など、全く新しい驚嘆すべき結果が得られるので、 慎重に、慎重に研究を進めている。100/0=0,0/0=0, 無限遠点とゼロ点の一致、それらは数学ばかりではなく、世界観の変更を求めている。数学とユニバースは調和がとれていて、結果は受け入れるべきであり、ちょうど天動説が地動説に変わったように世界観の変更が要求されていると考える。―

 

 ここに簡潔な基本的な数学の結果がある、それはユニバースの解釈に大きな意味を有するのではないだろうか? ゼロ除算b/0=0の意味を知りたい

そこで、次回、その意味を追及したい。

  (以下、次号)