『括要算法』の元巻は和算入門(18)で素描しました。つづいて亨・利巻を紹介することにいたします。
亨巻は、諸約之法と題して、互約術、逐約術、齊約術、遍約術、増約術、損約術、零約術、遍通術、剰一術、翦管術が取り上げられています。それらの数学的内容は、互約は2つの自然数a, bの最小公倍数を変えずに互いに素なa¢,b¢ にすること、逐約は3つ以上の自然数について互約と同じように約すこと、齊約はいくつかの自然数の最小公倍数を求めること、遍約はいくつかの自然数をそれらの最大公約数で約すこと、増約は公比が正数の等比数列の和を求める方法、損約は公比が負数の等比数列の和を求める方法、零約は不尽数の近似分数を求める方法、遍通は分数を通分すること、剰一は一次不定方程式 ax - by = 1 ( a ,b は自然数 ) の解を求めること、翦管術は連立一次合同式を解くことになります。
すべてを例示することは繁雑になりますから、ここでは増約術の問題を代表にして紹介することにいたします。まず、問題を現代訳にして取り上げてみましょう。
「問題」
増約 すなわち増数が1を越えるものには極数はない。
いま、原数10箇がある。逐に6分を増すことにする。このときの極数を求めよ。
答曰 極数25箇
術に曰く、1をおき、6分を減じ、余り4分を法となし、原数10箇を実となして、法で実を割れば、極数を得る。
この問題では、初項aを原, 公比rを増数と呼んでいますが、これは、
a+ ar+ar2 +ar3+----
(ただし、r < 1。この定義は表題の増約以下に書かれています)
とする等比数列の極値を計算することにあたります。術文は、
S
= =
25
と求めています。先走っていうならば、増約術の考えは貞巻で議論される円周率の計算に応用されたと思われます。他方、損約は公比r負数の場合の極値計算になりますが、損数が2分の1を越えるものには極数はない、といっています。
零約術も紹介しておきましょう。零約とは小さくて少ない数を約(つづ)めることを意味していると思われますが、例題としてつぎの問題を取り上げています。増約術と同様に現代訳にして示しましょう。
「問題」
零約
いま、1辺を1尺、その対角線(斜)の長さを1尺4寸1分4厘2毛1糸とする正方形がある。零約術で求められる内外親疎な方斜率 ( 近似分数 ) を求めよ。
答曰 内に疎 方率5 斜率7
外に疎 方率7 斜率10
内に親 方率29 斜率41
外に親 方率41 斜率58
術に曰く、斜率1、方率1を初とする。斜率をもって実とし、方率をもって法とする。実を法で割って得る数(1位を尺に定める)が、原斜と比較して小さければ、斜率に2、方率に1を、また、原斜より大きければ斜率に1、方率に1を累加して内外親疎の方斜率を得る右の外に、最も親なる近似分数を得ているが、方斜率が繁雑のためここに記すことは省略する。ここで紹介した術をもって知るべきである。
これは の近似分数を求める問題ですが、これの近似分数として
を得るとき、分母を方斜、分子を斜率と名付け、
であるならば外、
ならば内とよび、近似精度によって親と疎に区分しています。このような分数の作り方は、p1=1, q1=1 から始めて、
または
よって、
を繰り返し計算して近似分数を得ることになるのですが、常に分母に1を足していきますので、結構根気のいる計算になりますが、関先生なら難なくできたでしょう。答で示された近似分数には興味深いものがあります。よく観察してみてください。関先生は数ある近似分数のなかから答えの分数をあえて選んだと思えてなりません。それは精度のよい近似分数が簡単に覚えられるようにという配慮であったか、あるいはこれの規則性の面白さのことであったかは分かりません。ところで、先生はどこまで計算を続けたのでしょうか。ちょっと気になるところです。そのことは兎も角として、零約術は円周率の近似分数を見いだす研究にも登場してきます。その方法は方斜率の場合とまったく同じです。
剰一では一次不定方程式 ax-by = 1を解く方法を述べています。式の右辺に1を残すことから剰一術とよんだようです。a, bをそれぞれ左数、右数、x, yを左段数、右段数といい、axを左総数と名付けています。例題ではこの左総数の求め方が問われています。
翦管術は連立一次合同式、
b1xa1(mod
m1), b2x
a2(mod
m2),
,
bnx
an
(mod
mn)
の解法が取り上げられています。翦管術は剰一術と関連して研究されたのでしょう。なお、翦管術の問題に『算法統宗』の書名が登場していますので、このことから関先生も中国明代末期の数学書を研究していたことが分かり得ます。
『括要算法』利巻は角術の問題を扱っています(写真1参照)。近世日本の数学では、正多角形に外接する円の半径Rを角中径、内接円の半径rを平中径、多角形の1辺anをn角面とよんでいました。問題はn = 3 から始まっていますが、これは極めて当たり前ことですね。問題を見てみましょう。
写真1 『括要算法』利巻第1丁
「問題」
いま、1辺の長さが1寸の正三角形がある。これの平中径、角中径および面積を求めよ。
答曰
平中径2分8厘8毛6糸75134半強
角中径5分7厘7毛3糸50269少弱
積 4分3厘3毛013701大強
術曰(注:略)
近世初期の日本の数学者は正多角形の面積を正確に求めることに熱中していました。そのために頂点から対辺へ下ろされる垂線の長さを精確に計算しようとしました。それも大事な研究ではあったのですが、関先生のように円と正多角形の辺との関係を総合的に研究した数学者はいませんでした。先生は正3角形から出発して正20角形におよぶ膨大な計算を実行していますが、その苦労は並大抵のものではなかったはずです。研究の目的は平中径や角中径、さらには角面との関係性を見いだすことだったと思われますが、三角関数の考え方がない時代によくぞ計算したものと感心するばかりです。もし先生が角度というアイデアを発見していたらまた違った展開を見せる研究になっていたかも知れません。
利巻は図と計算数値の書といえますが、術文途中の傍書式や計算結果に少なからず間違いがあることが分かります。先生が犯した誤りか、あるいは弟子が、さらには印刷過程で起きた事故か判然としません。正多角形の図にも正確さを欠いたものがあります。この理由も分かりませんが、いまよりはおおらかな時代であったとお茶を濁せば、読者の皆さんのお叱りを頂くことになりましょうか。
( 以下、次号 )