和算入門(20)


『括要算法』は全四巻で構成されていますが、最後の巻が巻貞。ここでは円周率の計算法とこれの近似分数や円弧背の求め方が中心議題になっています。東アジアにおける円周率の研究については和算入門(6) (7) で簡介しましたが、関先生の方法はそれらと比較して極めて精確にして独創的である、ということができましょう。前置きはこのくらいにして原文に沿って先生の研究を紹介していきましょう。なお、以下に引用する原文中の読点は筆者が付したものです。

 

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写真 『括要算法』巻貞 求円周率術

 

求円周率術

(図写真参照)    仮如、有円満径一尺、則

            問、円周率若干

           答曰 径一百一十三

               周三百五十五

依環矩術得径一之定周而、以零約術得径一百一十三、周三百五十五、合問

求積者、列円径冪、以周率三百五十五相乗、得数為実、列径率一百一十三、四之、

得四百五十二、為法、実如法而一、得円満之積而巳

 

 ここまでが問題と円周率および近似分数の求め方の手順についての説明になっています。

ちょっと奇異な感じがしますが、手順を説明したあとに円の面積の求め方も挿入されています。これは問題文では触れられていないことです。老婆心ながらということでしょうか。あるいは誰かが加えた一行かも知れません。それは兎も角として、ここで触れられた手順について確認しておきましょう。まず、円周率の計算は環矩術によって定周を求めるとします。そののち零約術で近似分数355/113を得るとしています。

 

では、環矩術とはどのような術になるのでしょうか。環はめぐらす、矩は指金を意味していると解することができます。すると環矩術は指金をめぐらせる術ということになりますが、『括要算法』では円率解のところでは環矩図が載せられています。この図によれば、円に内接する正四角形に始まって、正八角形、正十六角形とつぎつぎに分割される正多角形の図が描かれています。ですから環矩術は、正多角形の分割のさいに生じる直角三角形の三辺の長さを求めることを指していることになります。このことは円率解の説明でより鮮明になります。環矩術のつぎが定周を求めるになります。環矩術と定周の意味は円率解で触れた方がわかりやすいと思いますので、先に話を進めることにいたしましょう。以下に円率解を引用しますが、原文の漢文は読み下し文にしておきます。( )は筆者による補足です。

 

 円率解

  第一

 径一尺の円の内に、図の如く四角()を容れ、つぎに八角()を容れ、つぎに十六角()を容れ、つぎに三十二角()を容れ、次第に此の如く一十三万一千零七十二角()に至りて、それぞれ勾股の術をもって弦を求むる。角数をもってこれに相乗し、それぞれ截周を得る。それぞれ得る所の勾股弦および周数はのちに列す。

 

この円率解第一では、正四角形から始めて一十三万一千零七十二角形までの勾股弦の長さと、弦の長さ(すなわち多角形の1辺の長さ)に角数を掛けた截周を求めなさい、といいます。そしてそれらの数値を表にして載せるともいっています。事実、『括要算法』には数丁にわたってそれぞれの計算結果が公表さられているのです。ちょっと余談ですが、円率解第一には第一がどのようなことを話題にするのか、議論の目的が表題として明示されていません。第一につづく第二では求定周とあって、ここでの議論の目的が定周の求め方であることがはっきりと書かれています。第一は単に「第一」と書くのみなのです。考えられることは『括要算法』の編者が書き忘れたか、あるいは元の原稿になかったかのどちらかでしょうが、詳細はわかりません。あえて明記するとすれば第二の「求定周」との関連性の重要さに鑑みて「第一 求截周」になりましょうか。

 

話を元に戻しましょう。第一で勾股弦と截周の計算結果が一覧表にして示されています。ただ、それらをすべて紹介することは大変繁雑になりますから、最初と最後の数値を紹介して関先生の計算力を味わって頂くことにいたします。

 

   四角()

 勾 五寸

股 五寸

弦 七寸〇七一〇六七八一一八六五四七五二四四微強

周 二尺八二八四二七一二四七四六一九〇〇九七六微強

      ---

  一十三万一千零七十二角(形)

勾 五厘七四四八六五八六二強

股 二糸三九六八四四九八〇一五三三四強

弦 二糸三九六八四四九八〇八四一八二強

周 三尺一四一五九二六五三二八八九九二七七五九弱

 

これで、四角形から一十三万一千零七十二角形までの勾股弦と截周の長さが求まったことになります。なお、これらの数値は四日市大学の小川先生が検算されて、すくなからずの間違いがあることを指摘されています。江戸時代の和算家たちも再計算して数値の違いに気がついていました。計算ミスの原因は幾つか考えられますが、いまはこのことに深入りしないことにいたします。いずれにしても、これで関先生の仕事は終わった訳ではありません。ここからが先生の真骨頂の見せ場になります。なぜならまだ定周が求まっていないからです。ちなみに、微強は零以下を棄て去ること、強は五以下を棄てる去ること、弱は五以上を収めて一とすることを意味する術語です。

 

さて、定周を求まるために関先生はどのような方法を用いたのでしょうか。原文を紹介すると繁雑になりますので、翻訳して紹介することにしましょう。

 

第二 求定周

いま、つぎつぎと求められた正n角形の周長lnをつぎのようにおく。

   ---

 32768角形の周長=正215角形の周長=l15

 65536角形の周長=正216角形の周長=l16

 131072角形の周長=正217角形の周長=l17

定周Lを求めるにはつぎの計算法にしたがえばよい。すなわち、

 

  ()

 

この式にそれぞれの周長を代入すれば、

 

 L314159265359埃微強

       =定周

 

上記の式()は増約術から導かれたと考えられていますがが、関孝和がここで加速法を用いて計算の精度を格段に上げようとした、また、そのことに気づかれた数学的発想力の豊かさは驚異といわざるをえません。先生はこの計算法に随分と自信をもっていたようで、これ以後の円弧背の長さや球欠の体積計算にも応用しています。

ところで、なぜ、関先生はl17で計算を止めたのでしょう。もっと大きな多角形を考えて計算し、収束の善し悪しについて、また反対に、角数が小さい場合に加速法を適応したらどうであったのかなど、いろいろ先生の感想が聞きたいところですが、残念ながらそれはないものねだりのようです。

 

これで定周が求まりました。この定周の値を基本にして零約術によって円周率の近似分数を求めることにします。零約術については和算入門(19)で紹介しましたのでそちらを参照してください。ただ、ちょっと触れておきますと、先生の方法では355/113に到達するためには113回計算を実行し、その結果を定周と比較して近似分数の精度をあれこれと判断していたようにおもわれます。ちょっとしんどい計算ですが、面白いことは113回計算することでこれまで知られていた近似分数が全部出現することは興味深いところです。その一方で、ここでも去来する疑問は分母が113以上の場合を関先生はどのように見ていたかということです。試して頂ければ分かりますが、これ以後計算を実行しても近似分数の精度は一向によくならないのです。ただし、遙か先で再びよくはなりますが。その迂遠さを知っていて113でやめたのでしょうか。確かに355/113は円周率の近似分数としては抜群によいものですが、その先の近似分数についてどのように考えていたのか、これも関先生に聞いてみたいことであります。  

 

( 以下、次号 )