南へ・・・・。

サンパウロからポルトアレグレに飛び、南で研修する仲間と一緒に3日間を日本人学校

の学生寮で過ごした。サンパウロでホテルに泊まっているときは気づかなかったのだが、

トイレに入るとでかいかごがあり、尻を拭いた紙はそこに捨てることになっていた。

目の前にクソが付いた紙が山となっていてそこにハエがたかっている風景というのは

恐怖でしかないが、それがルールである以上仕方がない。ブラジルはトイレットペーパー

の質が悪く、そのまま流してしまうと下水管が詰まってしまうらしい。極力折りたたんで

人に不快な思いをさせないようにして捨てるよう心掛けた。

ちなみにサンパウロのホテルでは日本から輸入した水に溶けるトイレットペーパーを使用

していたため、そのまま流しても良かったらしい。

ハッキリ言って日本のビジネスホテル以下の見てくれや設備のくせに「何が三つ星だよ

嘘つくんじゃねぇ!」と思っていたが、今思えばそれだけで星一つぐらいの価値はあるね。

所で日本人学校というのは一応現地の日系人に向けたものなのだが、日本からの留学生

も何名かいた。いろいろとブラジルについて話してくれたが、日本人同士で固まって

全くブラジル人と触れ合っていないように見える彼らの言葉などなんだかむなしいだけで

全く俺の心にとどまらなかった。

そんなこともあってこの学生寮を出る最終日は全く名残惜しい気持ちにならなかったし、

おそらくこいつらとは二度と合うことはないだろうなと思っていた。

ポルトアレグレから俺が住む予定の町までは大体200キロぐらい。3時間程度の道のりだ。

ドライバーが一人ついて乗用車で向かうのだが、途中にある別の町で研修する仲間も

一人一緒に乗り込んできた。ポルトアレグレの町を出てしばらくするとだんだんと高い建物

が無くなってくる。一軒家は比較的大きなものが多く、どれも高い塀に囲まれ厳重な

門が付いていたりする。更に走るとそんな一軒家も目につかなくなり、まさに荒野の中の

一本道という様相を呈してきた。途中所々で個人がやっている店なのか、小さなあばら家

の前にフルーツや手作りと思われる派手なペンキを塗った木でできた土産物、たとえば

ドールハウス(犬小屋か?)のようなものや、表札みたいなものなどを売っているところが

ある。ドライブインというには貧相だがなんとも味のある雰囲気を醸し出しているのだ。

是非そこに立ち寄ってどんなものを売っているのか観察し、フルーツの一つでも買って

つまんでみたかったが、時間がないのでその願いはかなわなかった。

おそらく裕福ではない・・・いや貧しいのであろう道ばたで商売する彼らの店に、「いつか

自分で車を運転して尋ねてみよう」と心に誓った。

最初の目的地である友人の研修地、カシアスに到着するまでにいくつか町を通過した。

この「町を通過する」という表現については少し説明せねばなるまい。

日本は非常に小さな国なので町と町、はおろか県と県も隣接しているので、車で走って

いるときに「今目黒区だ」「あ、渋谷区に入った」などというのはほとんどわからないと思う。

「東京から千葉」あるいは「千葉から茨木」に入ったとしても気が付くまい。何故ならその

境がほとんどわからないからだ。川を渡ると別の県などという場合は分かることもあるし、

時として道に「ようこそ〇〇へ」などと書いてあって気が付くこともあるかもしれないがそれ

ぞれはつながっていて「別の町に入った」というのは分かったとしても「町に入っていく」

という感覚ではないと思う。しかしブラジルの場合町と町の間にはただ道路があるだけ。

そしてその道路を走っているときに通過する町があった場合、「知らぬ間に町に入って

いる」という事は無く、日本で言うなら「高速道路を降りる」感覚で道からそれて町に

入らなければならない。何もない道路(エストラーダという)を走っていると町が見えてくる

ことがあるが、その町に入るためにエストラーダを外れない限り、よほど大きな町で

なければ知らぬ間に違う町に入ることはあり得ないのだ(ポルトアレグレのような巨大な

町の場合エストラーダがそのまま町に続いていることもある)。そんなわけで「あぁ、この町

は大きいなぁ」とか「こんな小さな町もあるんだな」と思いながら通過する町を見送って

いると最初の目的地カシアスについた。

街の入り口から入った最初は「大きそうだけどそんな大した街じゃないか」と思っていた

のだが奥に進むにつれてその町がかなり巨大であるのが分かった。町の中心街は大きな

ビルが立ち並び、チェーンのファーストフード店なども目につく。サンパウロで感じたような

薄らアブナイ感じはなく、明るくはつらつとした印象を受けた。いい街だな。そこに暮らす

ことになる友人をうらやましく思った。まだ自分の町につく前にそんなに悲観することは無い

が、人口29万人の町と2万人の町では同じようにはいくまいことぐらい想像にたやすい。

その友人が車から降りる時、学生寮を出るときには感じなかった寂しさを感じた。

いやむしろ一人になる恐怖か。お互い「頑張ろうぜ」と言って固く握手をして別れる。

カシアスから俺が住む町まで向かう間、今来た道を戻っているのか違う道なのかよく

わからなかった。ただ一つ言えるのは「歩いてあいつの家に遊びに行くのはムリだな」

という事だ。こんな何もない街と町の間の移動というのは、自分で車が無きゃとどうしたら

いいんだろうか?そんなことを考えていると再びエストラーダを降りて町に入るのが

分かった。町の入り口から街中に車を進めると低い家が密集するカシアスの町はずれの

ような景色が少しだけ続き、再び転々としか家が存在しない寂しい景色になる。

そこでUターンし今来た道を戻り始めるのでドライバーに「道に迷ったのか?」と聞くと、

「一応君の町を見せてあげようと思って」というではないか。町?しかもいま「君の町」と

いったのか?このドライバーは英語と少しの日本語が使えるのだが、日本語はそんなに

得意じゃないので英語で言ってもらったほうが分かりやすい事がある。「もう一度英語で

言ってくれ。これが俺の住む街なのか?」と聞くと「そうだ」という。因みに英語で「yes」

ではなくそこだけポルトガル語で「sim、sim、sim」と3回も・・・。

いま通ったのが町の中心地らしい。

確かに店みたいなのが何件かあったが、そんなに多くない。どうやって生活するのだ?

グリーンランドのシオラパルクじゃねーんだぞ!何か買う時は町に一軒しかない何でも屋

みたいな雑貨屋に並んで、選ぶほどの種類がない生活必需品を買うエスキモーみたいに

なれってか?ここから空港までは200キロ以上。駅も無ければ電車も通っているわけじゃ

ない。1年したら俺は日本に帰れるのか?もう「希望の町に行けなかった」などとくだらない

不満を言っている場合じゃない。ここでどうやって暮らしていけばいいというのだ!

にわかに不安になってきた。むしろ恐怖すら感じていたかもしれない。それはそうと

ドライバーはなぜ引き返しているんだろう。てっきり町のどこかで止まるのかと思って

いたのだが、もうすぐ町を外れてエストラーダに出てしまう。「もうすぐ町を出てしまうじゃ

ないか!どこに行くのだ?」と聞くと俺の研修先だという。どうやら研修先は町はずれ

どころか本当に町から外れたところにあるらしい。さっき町にはいる時、「トラモンチーナ」

というブラジルの大手カトラリーやらナイフやら工具を作っているメーカーの工場があった

のは目にしたが、俺の研修先はそこではない。エストラーダに出てトラモンチーナと反対

側に500メートルほど走ると小高い丘の上にやたらと大きな建物が見えてきた。

そこが俺の研修先「ペルナアズール社」があった。

養鶏や養豚、精肉やら玉子の出荷等鶏と豚に関することを多岐にやっている一応大

企業だ。町はずれの小高い丘にあるのは事務所と倉庫、そしてひよこの羽化施設で、

別の場所に研究所、養鶏場、養豚場などがある。駐車場は門の外にありそこで荷物を

持って車を降りドライバーに促されるまま守衛室に入る。銃を持った守衛が俺に何か

笑顔で冗談らしきことを言ってくれているのだが何一つわからない。何を言っているのか

ドライバーに英語で聞きたかったのだが、ドライバーは俺の入所のために電話で何やら

やり取りをしていたので、守衛にひきつった笑顔を返すのがやっとだった。そのまま中まで

連れて行ってくれるのかと思っていたが、「迎えのものが来るから」と言ってドライバーは

「元気でな。また合おう」と言ってあっけなく帰って行ってしまった。

車に乗ってドライバーが守衛室を離れるにつれ、足の先から無数のアリがはい上がって来る

様な、何とも言えない不快な感覚がせり上がってくる。おそらく恐怖心だろう。

守衛とは全く意思疎通ができないので早く迎えが来ないかとやきもきしていると守衛室の

電話が鳴った。守衛は二言三言話したかと思うと電話を切り正門を締めてから俺を本部の

事務所まで連れて行ってくれた。

中に入って待合室のようなところで待たされていると、受付の女性が中の事務所に入れ

というようなしぐさをする。促されるまま中に入ると、そこには体格のいい褐色の肌の男が

立っていた。その男は近くにある別の扉を開け、中に入れというような仕草をしたので中に

入るとそこには4人掛けのテーブルに椅子が4客。打合せ室なのだろうが俺には取調室

にしか見えなかった。ここまで彼らは一言二言何か俺に言うことはあったが、俺は一つの

単語も理解できなかった。

褐色の男が俺に続いて部屋に入ると後ろ手にドアを閉めた。何か言ったが分からない。

おそらく旅は大変だったか?とか何も心配しなくていいぞ、というようなことを言ってくれて

いたのだろうがとにかく何もわからない。向こうもしびれを切らして会話をあきらめ、座れ

というような仕草をするので椅子に腰かけると、その褐色の男も向かい側に腰かけた。

彼は自分の胸の辺りを指さし「ジュマー」「ジュマー」という。おそらく彼の名は「ジュマー」

というのだろう。すかさず俺も自分の名を言うとジュマーが手をさしのべてきたのでそれを

握り返し握手した。そこまではいいのだが、本当に言葉が分からずそのあとが続かない。

トランクにポルトガル語の辞書が入っているのを思い出しそれを引っ張り出し、ついでに

参考書を引っ張り出してそこに書いてあった自己紹介をそのまままねた。

彼が俺の辞書を貸せという仕草をしたので渡すと「パスポート」という単語を指してそれを

差し出すような仕草をしている。パスポートを出せといっているのだろう。

しかしパスポートは俺の命綱だ。パスポートを取られたら日本に帰れないと半ば本気で

思っていたので首を横に振っていると、再び辞書で保管という単語を拾いついて来いと

いう仕草をしたので後をついていくとそこには金庫があった。ここに入れておいてやると

いう事なのだろうが、まだ信じていない、というより落ち着いていない俺はパスポートを

出すのを渋っていると別の部屋に連れていかれ、パスポートのコピーをとってくれた。

コピーとパスポートを交換するような仕草をしてくれたのでようやく俺もパスポートを渡すと

ジュマーは俺のパスポートを金庫に入れ鍵を閉めた。何となく信頼関係が築けたような

気がして少し落ち着いた俺は、そこで初めて彼の名が「ジュマー」ではなくて「ジュマール」

であり、その場所を統括する部長というかなり偉い立場の人であると知った。

ジュマールは俺のパスポートを金庫にしまうと先ほどの部屋に戻り「そこで待ってろ」と

いう仕草をするのでじっと待っていたのだが、10分立っても20分立っても誰も戻って

こない。外には人の気配がするが、なんとなく外をのぞく気になれない。不安な気持ちが

頂点に達した1時間後、すまなそうな顔のジュマールが白い肌に金髪の青年を連れて

部屋に入ってきた。男の名はフェリッペという。非常に綺麗な顔立ちだがどことなく、という

よりかなりハッキリと「腹話術の人形」を連想させる顔立ちだ。ただそう思うのは男だけで

整ったソン顔はハンサムで日本人の女子にはもてそうだ。どうやら彼の家に泊めてもらう

ことになるらしい。後で知ったことだが本当は俺にあてがわれる部屋があったのだが

手違いで部屋がなく、ホテルに泊まらせるのもかわいそうだという事でジュマールが

俺を泊めてくれる人を探していたらしい。そんなことはつゆ知らず俺は会社の車に乗って

フェリッペの家に向かった。

フェリッペの家は会社から車で10分程度。と言えば「案外近いな」と思うかもしれないが、

人口2万人の町など隅から隅まで移動したって車であれば20分もかからないだろう。

とはいえフェリッペの家は比較的町の中心地付近。2階建ての綺麗な石造りの家で

1回は薬局になっている。そこに入っていくときれいな女性が店番をしていたのだが、

フェリッペが彼女を「僕の姉のシモネだ」と紹介してくれた。建坪としては40坪ぐらいか。

やはりブラジルの家はアメリカのそれとは違い一軒一軒はあまり大きくなく日本の建売

程度だろう。ただ室内に無駄なものはなく整然と整えられ、テーブルに敷いてあるクロスや

キッチンのコンロ、食器棚などの調度品はどれもこれも使い込まれてくたびれてはいたが

清潔できれいだった。フェリッペとシモネは少しだけ英語が喋れる。と言っても片言の単語

レベルなのだがそれでも全く分からないポルトガル語よりもだいぶ意思疎通が出来るので

ありがたい。フェリッペはベッドが一つ置かれた4畳ほどの部屋を俺にあてがってくれ

This is your house!」といった。他にトイレやシャワールームなどを教えてくれ「好きに

使ってくれ」と言ってくれた。バスタブは無いようだった。とりあえず自分にあてがわれた

部屋に入り荷をほどいてお土産に持ってきた浮世絵の絵が描いてある派手な手鏡は

シモネに、富士山の絵が描いてある扇子をフェリッペにプレゼントだといって渡すと、

彼らは本気か冗談かかなり派手に喜んでくれた。

フェリッペはまだ勤務時間中だという事で会社に帰っていった。

俺は今日は出社しなくてよいという事なので、そのまま荷解きなどをしてから少し街を

歩いてみることにした。

この町はイタリア系移民の町で、街の雰囲気はイタリアそのままらしい。年老いたイタリア

人が旅行で来た時など、まさに古き良きイタリアそのままの風景にノスタルジーを感じ

感涙にむせぶ人がいるらしいが、俺はイタリアなど行った事は無いのでこぼれる涙があると

すれば、人生初の超田舎暮らしが始まった中で手も足も出ない不安感からといったところか。

とはいえ町並みをよく見ると確かにものすごくきれいではある。「きれい」と平仮名で書く

よりも「綺麗」と感じで書いたほうがしっくりくるような、まさにおとぎの国といった感じ。

道は石畳。白壁にオレンジの瓦屋根が付いた平屋やせいぜい2階建ての小さな家が山間の

起伏がある場所に高低差や奥行きの陰影を際立たせ美しく並んでいる。

時折とがった屋根の大きな建物が目に入るが、その建物はどれもきれいなステンドグラスが

はめ込まれていてとんがり屋根の先端には十字架が付いているので教会なのだろう。

街の一番低い場所に一直線に続く平い部分がいわゆる「中心地」というべき場所だが、

パン屋や肉屋、雑貨店などの個人商店がパラパラと並ぶだけで大きな店は無い。

3階建て以上のビルは数件。エレベーターは町に2機あるが、エスカレーターは一つもない。

一応レンタルビデオ屋のようなものはあるのだが、果たしてフェリッペの家にテレビはあるの

だろうか。小さなスーパーもあるが日本のコンビニレベルといったところ。比較的大きな

スーパーが2軒あるが、それはエストラーダから入ったすぐの町はずれ。フェリッペの家から

だと歩いて20分から30分はかかるだろう。いきなりそんな遠くまで行く気はないので家の

周りをぐるりと回り家に帰った。

暫くするとフェリッペが会社から帰ってきた。食事の前に景色の綺麗な場所があるから

ちょっと行ってみようというので、シモネも一緒にフェリッペの車に乗り込み、彼らお気に入り

の場所に向かった。因みにシモネはクッキーというかわいいヨークシャテリア犬を飼っていて、

そのクッキーも一緒だ。

ほどなくして到着したそこは町を見下ろせる小高い丘の上といった感じのところで、芝生の

広場(と言っても300坪ぐらいだろうか)を取り囲むようにぐるりと舗装された道があり、広場

にはベンチがいくつかあるだけの場所だった。

町を見下ろせる場所に来ると改めて町がいかに小さいかよくわかる。家は密集していると

思っていた場所でもところどころ緑が茂り、本当に山間の山村といった様相を呈している。

フェリッペとシモネは姉弟仲良くクッキーちゃんと追いかけっこをしている。俺はただただ

何も考えず死んだ魚のような眼をして遠くを見つめていた。そうして魂の抜けた目でただ

空を見ていると、あることに気が付いた。周りがピンク色なのだ。いや、紫?それかブルー?

なんとなくオレンジがかった色もある。それは素晴らしい夕焼けの景色だった。

ちょうど日が沈む間際の、まだはっきりと町が見える状態から暗くなる直前の一瞬、息を

のむほど素晴らしい光のファンタジーが現れた。

5分もしないうちにオレンジやブルーは消え、濃いピンクと紫色が空一面に広がった。

オレンジの夕焼けや群青色の空というのは見たことがあるが、これだけはっきりした紫や

ピンクの空というのは見たことがない。あまりの美しさに言葉を失い見とれたが、ハッと

我に返り思わず日本語で「フェリッペ!シモネ!見てよ!!空がものすごくきれいだ!」

と叫んだ。彼らは俺が何を言わんとしているかわかってくれたようだが、感動してくれる

かと思いきや「な、きれいだろ」という程度の反応だった。もう少しするともっときれいに

なるぞという。精神異常者が描いた絵画ようなピンクや紫の空を堪能し、それがみるみる

深い青に変わったかと思ったときには既にフェリッペやシモネがどこにいるのかよくわから

ないほどの闇になり、空の色は青から黒へ。するとフェリッペが「見てみろよ」と言って街の

方を指さした。そこには町の灯が瞬くいわゆる夜景というものが広がっていた。

確かにきれいではあるが、こんな人工的なものよりもさっきの夕焼けのほうがはるかに

感動的じゃなかろうか?それとも彼らにとってピンクと紫の夕焼けは当たり前だがこの

人工的な光の方が珍しいというのだろうか。そんなことを考えているとフェリッペが「きらきら

と町の灯が瞬いているように見えないか?」という。全く気になっていなかったのだが、

言われてみればなんだかきらきらと輝いているようにも見える。点滅という程ではない、

なんだかゆらゆらと光が瞬いているのだ。大気の状態などでそう見えるのだろうか?

フェリッペが「なぜだと思う?」と聞いてきたので「大気の状態?」と答えようとしたがどう

言っていいのかわからない。考えるのが面倒だったので「なぜ?」と聞くと、「ブラジルは

電気がダメだから」という。後で知ったことだがブラジルは電気の質が悪く電圧だか電流

だかが安定しないため光がちらちらするのだという。おかげで扇風機のスピードが変わっ

たり、冷蔵庫やパソコンといったデリケートな機器がすぐに壊れてしまったりすることが

良くあるらしい。

その場所にいたのは時間にして1時間弱だっただろうか。フェリッペが「家に帰って夕食に

しよう」というので車に乗った。この時はまだ普通にこの家が俺の滞在先だと思っていた

ので何の気負いもなく夕食に呼ばれてしまった。

スコーンのようなパンとコーヒー、それにハム、バター、チーズであった。クロスがかかった

テーブルの上に焼き立てのスコーン、カップに入った入れたてのコーヒー、店から買ってきた

そのままのような、スライスされて紙に包まれたハムとチーズ、それに琺瑯の入れ物に

入ったバター。スコーンを半分にちぎりバターを塗って、ハムとチーズを挟んでお終い。

確かにおいしいとは思うものの少しわびしい。夕食はいつもこうなのかと尋ねるとフェリッペは

朝晩毎日これだよと笑顔で答えてくれた。

翌朝起きると一瞬自分がどこにいるのか分からなかった。アメリカの田舎の家のような

板張りの壁と床の部屋に置かれたかわいらしいベッドに自分が寝ている。そうだ、昨日から

フェリッペの家でお世話になっているのだ。会社に行くバス(会社がバス会社と契約している

もので路線バスなどではない)は720分にフェリッペの家から3分ほどのバス停から出発

するという。バス停と言ってもただバスがそこに泊まるというだけで何か目印があるわけで

ない。右手に巻いたタグホイヤーの腕時計に目をやるとまだ6時半あたり。ただ外で人が

活動している気配がする。Gパンをはいて部屋から出てみるとシモネがキッチンで何やら

仕事をしていた。テーブルには既にコーヒーカップが3つ置かれている。一つは俺の分だろうと

思うとなんかうれしかった。シモネが「もうすぐパンが焼けるからお食べなさい」みたいなことを

言うのでお礼を言いつつ「何か手伝えることは無いか」と聞くと、「そのポットの中にお湯が

沸いているからコーヒーを入れてくれ」という。ポットはいわゆる「魔法瓶」という風情のもので、

中はガラスの真空管タイプのものだった。コーヒーはインスタントでネスレのもの。

ただ味は日本のものとかなり違いなんだか焦げたような味がする。正直言って日本のコーヒー

のほうが数倍うまい。ブラジルなどコーヒー大国だと思っていただけに、このまずさにはびっくり

した。3つのカップにインスタントコーヒーの粉を入れてからお湯を注ぎかき混ぜる。

シモネが焼きあがったスコーンをテーブルに置いた。スコーンは朝晩焼き立てのようだ。

そうこうしているとすぐにフェリッペが入ってきた。Gパンに襟が付いたシャツ。ブラジルの

会社はみな普段着で仕事をする。なので俺もGパンにTシャツといういでたちだ。

朝食が終わるとコーヒーをもう一杯ゆっくりと飲み、他愛のないおしゃべり。あわただしく

何かをとりあえず腹に入れ、走って電車やバスを追いかける日本の朝とは大違いの

なんとも優雅なひと時だ。

フェリッペの「そろそろ行こうか」という声を合図にゆっくりと歩いてバス停に向かう。

ほどなく到着したバスは日本の路線バスタイプのもので、いすなどボロボロ。既に10人ほど

乗っていたが全員がぎょっとした顔でこちらを見る。すかさずフェリッペが「交換留学生の

日本人だ」と紹介してくれるとそれぞれ「よう!」みたいな感じで手を上げて挨拶してくれた。

因みにこの町は日本人どころか東洋人は俺一人だ。東洋人などテレビでしか見たことない

連中なので、そりゃぁびっくりするだろう。青森の小さな集落に2mくらいある黒人がいきなり

住み着くようになったような驚きだろうと思う。みんな遠慮なく目じりを引っ張り目を細くする

ポーズをとる。悪気はないのは分かっているがちょっとムカつく。

それから何回か停まりほぼ満員に人を乗せたバスはすぐに会社についた。最初に来た時の

ようにゲートの前で止まり、バスからぞろぞろと降りていく従業員たちは身分証を守衛に

見せてそこを通過していく。ところが俺は身分証などまだもらっていない。

フェリッペに「どうすりゃいいんだ?」というと「大丈夫」といっただけで守衛室に突入。

昨日と同じ守衛は「おー!VIP」と笑顔でこちらを指さし「どうぞ中へ」という仕草をする。

この守衛はいいやつなのかもしれない。

事務所につくとフェリッペからジュマールに引き渡された。ジュマールは両手を合わせて

顔の横に置き目をつぶって寝るような仕草をしつつ何か言っているのでおそらく「よく

眠れたか?」と聞いているのだろうと察し、ポルトガル語で「sin」と答えるとにっこり笑って

くれた。彼について別棟まで移動する。ここは10畳ほどの部屋が2つと6畳ほどの部屋が

一つ。6畳ほどの部屋はジュマールのオフィスで他の部屋が人事部の部屋らしい。

中には6人ほどの男女が働いていた。若い男の子がルシアノ、金髪でいかにも元気がいい

女の子がデニーゼ、ひげ面の男がジェルソン、髪の毛の色が金だったらダイアナ妃に

そっくりなクレイジス、少し年が行ってそうだがストレートの黒髪に大きな瞳の美人のレジャネ、

それにニヒルないい男といった感じのロリス。あとフェリッペだ。ロリスはちょっとハンフリー

ボガードに似ていて本当にハンサムな感じなのだが、いつも薄いグレーのサングラスに

なった眼鏡をしていて無口なのでとても冷たい印象を受ける。ジュマールの部屋はある

ものの彼はここに常駐しているわけではなくあちこちを管理しているようなのでこのロリスが

実質この棟の責任者なのだろう。それにしても無口で落ち着いていてこれほど冷たい感じの

ブラジル人は後にも先にもロリス一人だけだった。とはいえ彼は無口なだけでとてもいい人

なのだが・・・。

皆に紹介してもらって自分の席を与えてもらった。デスクの引き出しには赤と黒の新品の

ボールペンと削ってある新品の鉛筆、それにこれまた新品の消しゴムとプラスチックの入れ物

に入ったクリップ、それに小さなロールのセロファンテープが一つ入っていた。席は貰えたが

言葉もわからず何をしてよいのやらも全く分からない。一応交研修生という肩書ではあるが

企業で働くことによって最低給料の3倍が支払われることになっている。座っているわけには

いかないので「何か手伝うことは無いか」と身振り手振りでみんなに聞いて回ったが、考えて

みれば言葉もわからないやつに仕事を教えている暇があったらさっさと自分の仕事を片付け

たかっただろう。みんなは「俺たちは仕事なんかしたくないのに自分から仕事をしたがるなんて

変わってるな!!」と言って笑っていた。だがデニーゼとルシアノは「この鉛筆を削ってくれ」

とか「この伝票をこっちに書き写してくれ」とか「この書類コピー撮ってきて」など一生懸命

仕事を与えてくれた。暫くすると社内全部のコピー取りと鉛筆削りが俺の仕事になった。

コピーなんてと思うかもしれないが、そのころのコピー機というのは1枚とるのに数十秒は

かかる代物で、しかも撮り方が悪いとちゃんと写らない。コピーしてしっかり写らなそうな所は

はちゃんと修正し必ず見やすいように工夫して撮っていたので評判が良かった。

それにコピー機は本館のコピー室に1台だけしかない。別棟にいる人などはわざわざ本館まで

行かなくてはならないので、俺があちこちのオフィスを回って御用聞きをしつつコピーの仕事を

貰ってくるのだ。そのころ俺は「ニコ」と呼ばれるようになっていた。ちょうどそのころ「刑事ニコ

法の死角」という映画をやっていて、その主演男優が俺と同じように長髪を後ろで結んでいた

からというだけの理由だが、会社では「コピー室長」の肩書を頂き「室長」と呼ばれていた。

これは久しぶりにジュマールがこの別棟にやってきてみんなで(ジュマールのおごりで)

昼食に行った時、半分冗談、半分本気で皆が俺のコピーの仕事をほめたたえつつジュマール

に伝えたところ、「じゃ、お前今日からコピー室長」と言われてそのまま決まってしまった。

あだ名みたいなものだと思っていたのだが、結構本気だったらしくトナーの発注や交換が

仕事に加わり、一応皆勝手にコピー機を使っていいものの、トナーが減ったりすると俺に交換

要請が来るようになった。その上「コピー室長」の名刺まで作っていただいた。

給料は変わらないが事実上のプチ昇格である。俺の特権は「昼食時会社に売りに来る

デリバリーのパン屋から、他の従業員よりも先に買い物が出来る」というものだ。

支社長、部長、課長、といった順に買い物をして最後に平社員なのだが、俺の順番は平社員

の前。支社長、部長などは本社で勤務していたり他の場所を回っていることが多いのであまり

ここには来ない。ロリスなどもいるけれど彼らは自分の車で町のレストランに行くことが多い

ので実質的には俺が一番に選べるようなものだ。デリバリーのパン屋はゲートの外の駐車場

の入り口辺りで店を広げるのだが、上司がいないときは一番に俺が守衛室を通ってそこまで

行く。俺の買い物が終わるまで他の連中はゲートの後ろで待っているのだが、「おい室長!

ひき肉のパステウは残しておいてくれよな!」とか「俺は今日カルネサンドイッチが食べたい

んだ!それを選ぶのはよしてくれ!!」とゲートの後ろで俺に向けてヤジを飛ばす。

何かをつまみ上げるとそれを買いたいと思っている奴が「それはダメ―!」などというのが

昼のいつものお約束になった。そりゃそうだろう。誰もロリスやましてジュマールに「それは

買わないでくれ!」などと言えるはずがない。自分より先に買うやつにヤジを飛ばすのはいい

息抜きなのだろう。

昼はそのデリバリーのパン屋で買うか、会社のバスで一度町までもどり、会社指定の食堂で

たべるか、はたまたマルコという同僚と車でどこかに食べに行くかだ。後に自分の家で食べる

事もあったが、この頃はまだそんなことは出来なかった。

ところでこのマルコという男、職場は俺の勤務する別棟の向かいある小さな診療室で、所謂

産業医というやつ。つまりドクターだ。俺はもともとマルコのルームメイトになる予定だった

らしい。彼と一緒にサンドロという男が住んでいたのだが、そいつが会社を辞めて別の町に

行くとかでその後釜として俺がマルコと住むことになっていたのだ。だがサンドロが働くことに

なっていた別の町の会社でどういう訳か採用取り消しになってしまい、いまだに居座っている

ために俺はフェリッペに世話になることになってしまったのだ。

フェリッペの家に泊めてもらった翌日に会社でマルコを紹介されながらその事実を知った

のだが、それならフェリッペに部屋を借りているだけでホームステイとはわけが違う。

部屋代を払わなければならないし、いつまでも夕食も一緒に食べるわけにはいかない。

迷惑をかけてはいけないので夕食は外食を選ぼうと思ったのだが、小さな町なので夜に

あいている店などバーしかない。もともと酒が大好きなのでどうせならと町で一番有名なジョイ

というバーに入り浸り、毎晩そこでビールを何本か飲んでピザやステーキを平らげてから家に

帰っていたのだが、ある晩フェリッペが神妙な顔をして話があるという。何事かと思って話を

聞くと、「なぜ毎日ジョイの店に行くのだ」という。夕食を食べに行っているのだというと

フェリッペは「それだけじゃなく酒も飲んでいるだろう」と言ってきた。何も考えず「飲んでるよ。

でもビール2、3本だけだよ」といったのだが、「平日から酒を飲むなど神様に恥ずかしく

ないのか」と言われ「平日から酒を飲むのをやめるか、ここを出ていくか選んでくれ」と

言われてしまった。フェリッペの家は敬虔なカトリックなのだ。実はかなりお金持ちで、両親は

別の大きな町の超高級マンションに住んでいるが、みな敬虔なカトリック。俺は迷った。

フェリッペはよくしてくれたし今出ていくといってしまったらまるでフェッリッペに背を向けるような

ことにはならないだろうか。とはいえ毎日バーに集う友人もできたし、何よりバーのマスター

とはものすごく親しくなったうえ、そこでバイトすることになっているのだ。俺はフェリッペの

目をしっかり見たうえで誠意を込めてまずこういった。「君の部屋を出ることにするよ。

本当にどうもありがとう」そしてそのあとにこう続けた。「でも君よりもお酒を選ぶという事じゃ

ないんだ。俺はバージョイで友達もたくさんできたし、ジョイの好意で今度夜バイトさせてもらう

ことになっているんだ。ジョイに行かないという約束はできない。だから出ていくことにする

けれど、新しく住む場所が見つかるまでここにいさせてくれないか。それまではジョイのところに

はいかないし、酒も飲まない」そういうとフェリッペは理解を示してくれ、「どこかよいステイ先が

無いか俺も調べてみるよ」と言ってくれた。そんなこともあってジョイのところに行き事の顛末を

話したうえ「新しいステイ先が見つかるまでバイトは待ってくれ」と頼むと「だったら俺んところに

来ればいいじゃないか」という。バージョイの上はホテルになっていて、彼はそのホテルも

経営しているのだ。だがホテルなどとてもじゃないが泊まり続ける金は無いと思って聞きも

しなかったのだが、改装中の旧館に一応使える部屋があるとのことでそこに住ませてもらう

ことになった。改装中というと聞こえがいいが、レンガむき出しの廃墟のような場所だ。

だが部屋は6畳ほどで、パイプでできた刑務所のようなベッドと、小さなライティングビュロー、

これまた小さな箪笥とそれにシャワーとトイレが付いていた。お値段月に4000クルゼーロ。

大体15ドルといったところだが、米ドルでくれるなら月7ドルでいいという。商談成立。

それに夕方5時から11時まではお湯のシャワーが使えて、本館の朝食バイキングでパンと

コーヒーと牛乳、それにジュース(フレッシュじゃなくて粉のやつ)にフルーツ(ただしパパイヤ

のみ)を食べていいとのこと。すぐにフェリッペに報告に行くと「住む所があってよかったといい

たいところだけど、おそらくそんなところで生活していたら地獄にまっしぐらになっちまうぜ。

俺のところにいればいいのに」と言ってくれた。

かくして会社が終わるとすぐにフェリッペとシモネに丁重にお礼を言い、自分の荷物をトランクに

放り込むとそそくさと歩いてジョイのホテルに向かった。石畳をゴロゴロ言わせながらトランクを

引いていると、通り過ぎる車から「おい日本人、追い出されちまったのか!」とか「日本に帰る

のか!」等のヤジが飛んだ。

うるせぇなバカヤロウ!と思うも「俺もちょっとした有名人だな」とこそばゆい気持ちになった。


次章 新しい巣とインチキ死闘・・・そしてニコになるに続く