イバニオ倒して食に倒れる・・・。

ジョイのホテルに住むことになった俺は、毎朝本館に行ってパンにバターやジャムを付け、

粉を溶いて作ったオレンジジュースとともにそれを平らげ、デザートにパパイヤを食べて

からコーヒーに牛乳をたっぷり入れて飲んでそそくさとバス停に行き、労働者どもが(俺も

だけど)がやがやとうるさいバスに乗って会社に向かっていた。

会社での仕事は相変わらずコピー室長。昼飯時はみんなにヤジを飛ばされながらサンドイッチ

を買い、あるいは会社指定の食堂で昼ご飯を食べる。夜はジョイのところでピザやらステーキ

やらを食べる毎日。ところで初めてこの会社指定の食堂に行った時は驚いた。

デニーゼ、ルシアノ、クレイジスとジェルソンで行ったのだが、まず最初に洗面器ぐらいの

大きさの容器に入ったスープが出てくる。これを各々がカフェオレボールぐらいの大きさの

器に好きなだけ取り、それを飲んでいると、今度はやたらと大きな皿にきゅうり、ブロッコリー

、カリフラワー、ベテハバ(ビーツ)、レタス、カブなどがそのまま置かれて(要するにサラダの

ように混ってない)供されるので、好きなものを皿にとって自分で細かくして食べる。

そうしているうちに又でかい器に山盛りのスパゲティーが出されるのでそれを好きなだけ

自分の皿にとって食べる。このあたりでもうおなかいっぱいなのだが、ここからが本番で、

300
グラムはありそうなステーキ、ポレンタと呼ばれるトウモロコシの粉を練って焼いたもの

、フェジョンと呼ばれる豆料理、そしてマッシュポテトが大皿に乗って、今度は一人一皿ずつ

供される。どう考えてもまともな人間の喰う量じゃない・・・・・と思っていた。

そもそもそれに加えて皆好きな飲み物を注文するのだが、500ミリのコーラとかグゥアラナ

とか。当時の俺は500ミリのジュースなどコップについで3人ぐらいで分けて飲むものだと

思っていた。だから500ミリのジュースなど炭酸ならそれだけでおなか一杯。それなのに

ジュースは一人一本。更に山盛りのスパゲティーやら肉やらを食うなど「頭おかしいんじゃ

ねぇか?」と思ってしまうのも無理もない。参っちまったのは毎日ほぼ同じメニューだという

事だ。スープと出てくる肉はたまに異なり、牛肉だったり豚肉だったりウサギ肉だったり鶏肉

だったりとバリエーションはあるのだが、肉は肉。基本は毎日同じもの。最初は「うめぇ!」

と狂喜しておいしく食べていたが(実際に本当においしい)3日もたつと飽きが出始め、1週間

ほどが経過すると本気の苦痛に変わる。スパゲティーあたりでおなか一杯になっちゃうなどと

いうのはどうでもよく、「毎日同じものを食べる」のがつらいのだ。

飽きるとかそういう事じゃなく苦痛。いや要するに飽きると言うことなのかな?毎日同じものを

食べるという事が、たとえそれが好物であってもこれほどつらいなど夢にも思わなかった。

それゆえ時折デリバリーを利用してステーキサンドや卵サンド、ときにはパイ等バリエーション

を変えてしのいでいた。たまにマルコが車を出してくれて自腹で近くのレストランに

行ったりするのだが、結局どの店もあるものはたいして変わらない。それでも店と気分と

味付けが少しだけ変わると大分違うんだけどね。

しかし慣れとは恐ろしいもので、ある時急に苦痛から解放される。それまで本当にいやいや

食べていたのが、ふと気がつくとその苦痛が無くなっているのだ。と言うより「昼飯」の時間に

なると気が重かったのが、平気になる。で、1
か月を過ぎるころには平気で500ミリジュース

の瓶にストローをぶっこみ、それをすすりながら山盛りのパスタを平らげた後に300グラムの

ステーキをおいしく食べられちゃうようになるのである。

一番大きな変化は「量が食べられるようになる」ことよりも、それらを「おいしく食べられる

ようになる」という事だろう。

旅行者として短期、例えば1週間程度までの滞在だとあまり気が付かないかもしれないが、

それ以上の長期にわたり海外に滞在することになると日本が食に対していかに恵まれている

かよくわかるはずだ。日本だと小さな田舎町にいたとしても「日本食しか食べられない」などと

いう事はまずない。そもそも日本食ってなんだという話もあるけれど、コンビニに行けば

サンドイッチでもハンバーグ弁当でも売っているし、喫茶店の一つもあればピラフやら

ナポリタン等のスパゲティーぐらいはあるだろう。それに中華はたいていどこにもある。

「それ全て日本食じゃないか!」という人もいるかもしれないがそうじゃない。

日本がそれだけ多様なものを食べていて、知らぬ間にそのありがたい環境が当たり前に

なってしまいまるで日本食だと思ってしまっているだけなのだ。

カレーが日本食?サンドイッチが日本食?ハンバーグが日本食?ちょっと違うんじゃない

だろうか?

日本食だというのならそれはそれでいいが、毎日どころか毎食違うものが食べられるという

幸運にあずかれる日本人というのは本当に幸せだと思う。

以前3週間ほどイギリスに滞在したことのある友人が「フィッシュアンドチップスを見ただけで

食欲が失せる」と言っていたことがある。どうやら毎日毎日フィッシュアンドチップスを食べさせ

られたらしいのだが、彼も最初はとてもおいしいと思っていたらしい。残念だったな。

後少しがんばっていれば「見ただけで食欲が失せる」などという事はなくなり、更に後1カ月も

すれば「好物」になっていたかもしれないのに。

やはりどんな好物でもそれだけを食べ続けると苦痛になり、嫌いになってしまうのでは

なかろうか。しかしそれしか食べるものが無ければ仕方がないのだ。というよりも世界の

多くの人は食に
対してそんなに多くの選択肢は持てない。ブラジルでは「こんな昼飯嫌だ!」と言うので

あれば、自分で作るか食べないかしかないのだ。第一そこに住んでいる人たちは毎日

それを食べている。と言うよりも、さっき書いたとおり「世界の多くの人」が食に対してそれ

ほど選択肢をもてないのではなく、日本人が「世界でもまれに見る多岐多様な選択肢」の中

から朝昼晩と食べ物を選ぶことが出来ると言うだけなのではないかと思う。

さっき「どんなに好きな物でもそれだけを食べ続けると嫌いになる」と書いたが、どんなに

嫌な物でも我慢して食べていると案外「平気」になる物なのだ。それどころかそれについて

「うまい、まずい」が論じられるようになってくる。不思議な物だ。

かくして俺は、1ヶ月ちょっとでブラジル南の田舎料理を完全に克服し、まるで地元民のように

美味しくいただける・・・或いは「おい!このフェジョーンちゃんと煮込んでねぇだろ!」などと

文句の一つも言えるようになって行くのである。

いずれにしろ俺はブラジルの料理に関しては完全に克服した・・・・・と思っていたのだが、

後々北と南ではやはり料理の質も味もかなり違うのであるという事を思い知らされるので

あった・・・。

所でブラジルと言えばどんな食べ物を想像するだろうか?やはりなんと言ってもシュハスコ

だろう。肉のかたまりを串に刺して焼き、表面がちょうど良く焼けたところでそこを削いで

食べると言う何とも豪快勝つ贅沢な料理だが、これは南の方が圧倒的に美味しい。リオの

超高級シュハスコレストランより、南のその辺のドライブインや定食屋でやっているシュハスコ

の方が間違いなく美味しい。これは確かに一般的な料理で、昼に「シュハスコ食べ放題」

等というのをやっている店もあるが、イメージ的には日本で言う「寿司」に近いのではないかと

思う。回転寿司やらスーパーでパックになっている物もある反面、カウンターに座って握って

貰い1貫で1000円を越える高級品もある。シュハスコもそんな感じで幅がある。

ただ間違いなく市民が食べる一般的な料理であるが、どちらかというと南の料理という印象

があるかも知れない。

北から南まで通して必ずあるのがフェジョーン若しくはフェジョアーダ。要するに豆を煮た

料理なのだが、これに豚の皮だとか内臓だとかを一緒くたにして煮込んだのがフェジョアーダ

、豆だけ煮た物がフェジョーンなのだが、聞くところによると元々奴隷料理だったという話も

ある。奴隷に食べさせるために豆に残飯など食べられるものを何でもかんでも入れて食べた

のがルーツとか。どういう訳か水曜日がフェジョアーダの日と言うところが多い。後は

マンジョッカというイモ。これを乾燥させ粉にした物をファリーニャデマンジョッカとか言う

のだが、これを子供がおやつにつまんで口に入れたりしている(貧しい地区ではだが)。

後はファロッファとかいってキャッサバの粉を煎ったもの。これも同じくおやつにもなり

シュラスコの肉の付け合わせにもなる。

リオ等北の海沿いに行くとやはりシーフード。しかも味付けが辛い物が多い。

だが南は辛い物は殆ど食べず、ボンカレー中からでひーひー言っちゃうような人が殆ど

だった。ブラジルは基本バス移動なのだが、長距離を移動する場合途中で何度も

ドライブインによる。

そこで売っているのがコッシーニャと呼ばれるコロッケの様な物や、キビと呼ばれる

肉団子、或いはパステルと呼ばれるパイのような物。これは必ずと言っていいほどある。

南北問わず。

それに「X」。これ「シース」と読むのだが、まあ所謂ハンバーガーだ。こちらも南北問わず

その辺の路面店でよく売っているのだが、店には使いこんだ脂まみれの鉄板がおいてあり

注文するとその店オリジナルのパティーやタマゴやらベーコンやら或いはステーキを焼いて

同じ鉄板に乗せて焼いていたバンズに挟んで出してくれる。

これが信じられないくらい旨い。南北どこに行っても、どの店でも、どこで食べてもほぼ

間違いなくうまい。実際にブラジル料理に辟易して白目を剥いて気を失いそうになりながら

食事をしていた

時でも、これだけはうまく感じた。・・・・もちろんそんなときに誰かが日本から送ってくれた

おせんべいなどを食べると本当に美味しくて涙が出ちゃったけど・・・・。

いずれにしてもブラジルの食はかなり高度な物で、しっかりとした文化があると思う。

そしてそれは案外日本人の口に合う。但し選択肢が少ないから、長期旅行の時は要注意。

だが長期滞在の場合は恐れず責めて、どっぷりそこに浸かると好きになること請け合いです。

蛇足だが、とにかく耐えれば絶対に慣れるし好きになることは保証するけれど、そんな簡単

じゃないぜ。イヴァニオをぶっ倒す方がよっぽど楽だよ・・・・・。


次章 転職をもくろんでみたりする・・・・・・・・に続く。